/10/

譲刃ちゃんと草薙さんが店を去って、あたしの心も二つの意味で落ち着いた頃。二階に用があったので階段を昇っていくとファイさんと黒鋼さんが部屋の前でサクラちゃんと小狼くんの話を聞いていた。思わずあたしも聞いてしまった、苦しい。小狼くんはサクラちゃんの記憶が戻らないとわかっていてもそれでも羽根を捜し続ける。ファイさんも、黒鋼さんもそんな小狼くんだからこそ羽根を捜す手助けをしていると思う。あたしだってそうだから。「・・・あたしだけ、思い出すなんてズルいですよね。」拳に力が篭る。同じ記憶を対価にしているのにあたしはいつか思い出す。きっとそれは小狼くんにとってはつらいものだと思う。「あたしの対価は、半分誰かが払ってくれたおかげで、思い出す事は出来るけど、小狼くんとサクラちゃんは違う。」前と同じ関係には戻れない。

「その思い出におれが居なくても、必ず羽根は取り戻します」

目に溜まっていた涙がこぼれるのがわかった。あたしだけ、元の関係に戻れるなんて。それを目の前にしてしまう小狼くんとサクラちゃんはどう思うのだろうか。嗚咽を零しながら手のひらで涙を拭うあたしをファイさんはそっと抱きしめてくれた。「・・・小狼くんの分の悲しみも、あたしが背負えればいいのに。」きっとこの中で一番裕福な環境で育ったのはあたしだと思う。ならばその悲しみ、苦しみを少しでもあたしが引き受ける事が出来るなら、どれだけ楽だろうか。

日が昇ってもあたしは眠れなくて、そろそろファイさんも起きてる時間かな、と思って階段をぱたぱたと降りるとファイさんは予想通りもうキッチンに入っていた。「おはようございます。」とキッチンに小走りで向かうとおはよー、といつもの笑顔でファイさんは迎えてくれた。「あの、昨日はごめんなさい・・・」またファイさんに縋ってしまって。項垂れるあたしに「違うよ。」とファイさんはあたしと同じ目線に背をかがめて言った。「ごめんじゃなくて、ありがとうでいいんだよ。」項垂れていた頭を少し上げると、ファイさんと目が合った。「寝てないんでしょ?」「あはは、バレちゃいました?」・・・眠れないんですよ。もちろん小狼くんとサクラちゃんの事もだけど、譲刃ちゃんと草薙さんの事も。力なく笑うあたしにファイさんは何かを言おうとしたけれどもやめた。きっと何を言っても無駄だと思ったんだろう。
サクラちゃんが起きて来ると、今日はパンを作る事になったのでファイさんに教えてもらって三人で作り始めて小麦粉をこねていたら小狼くんと黒鋼さんが帰ってきた。焼きあがったパンはすごくおいしくて、ファイさん本当に料理上手なんだな。
その日の夜はファイさんと黒鋼さんは鬼児の情報をもらうためにクローバーと言うバーに行く事になったので、小狼くんとサクラちゃん、そしてあたしがお店番をしていた。小狼くんが学生服じゃなくなった事はちょっと残念だったけれども、ウエイター姿も似合っていた。曲がった蝶ネクタイを直してあげたサクラちゃんと小狼くんを見ていると、ほわんとした幸せそうな時間が流れてほっとした。苦しいだけの旅じゃない事と、サクラちゃんは記憶を失っても小狼くんの事を大切な人だと認識している事に。・・・大切だとわかった瞬間になくなった好きもあるけれど。(あれ、また誰の事考えてたんだろう。)一瞬よぎった思考は直ぐに消えた。
「新婚さんみたいな事して見せつけないでよー。」と茶化せば二人とも真っ赤になった。「さんだ、って!ファイさんと・・・!」真っ赤になりながらもサクラちゃんは言うけれども、あたしにはさっぱり何のことかわからない。首をかしげているとからんからんとドアベルが鳴った。

店に入ってくるなり小狼くんを指名して戦い始めた男の子は龍王くんで、一緒に居るお姉さんが蘇摩さん。名前が偽名なのかもしれないけれども神様や神の御使いと呼ばれてるものの名前か。神の御使い、自分で考えたのに苦しくなる。ふと頭には七人の御使いを呼ばれる七人の世界の運命を背負ったひと達が描かれた。目の前の御使いと、それに相反する七人の封印の一人を見た。龍王くんを止めてくれた・・・草薙さんと譲刃ちゃん。
もう動揺する事は無いけれど、一瞬止まってしまう。でもこの世界の二人も空汰さんと嵐さんの様に、幸せそう。少し羨ましくなった。紅茶を淹れたカップをテーブルに並べると草薙さんも譲刃ちゃんもお礼を言ってくれた。「昨日、大丈夫でしたか?」焼きたてのスコーンを頬張りながら聞いてくる譲刃ちゃんにニコと笑い「大丈夫です。ちょっと手を滑らしただけなので。」むしろ大きな音を立ててごめんなさい。と俯くと譲刃ちゃんはぶんぶんと首を振って大丈夫ならよかったです!と言ってまたスコーンを食べはじめた。「聞いてもいいですか?」とあたしが譲刃ちゃんに聞くとどうぞ、と譲刃ちゃんはフォークを一度置いて笑う。「・・・今、草薙さんと一緒に居て、幸せですか?」ぱちくりと大きな目を見開いて譲刃ちゃんはあたしを見たあとはい!と元気な声で答えた。それを聞いていた草薙さんも満更では無い様で、少し照れた様にお嬢ちゃん、と呟いて頭を撫でていた。頭を撫でられて頬を染める譲刃ちゃんを見て思った。本当に、見ていてわかるよ、譲刃ちゃん。しあわせなんだ、って。
そういえばあたしの世界の譲刃ちゃんはCLAMP学園に入る前はリボンのついたブレザーを着てたし、草薙さんも譲刃ちゃんの話を聞いていると自衛隊のひとだったらしいし。この世界の服装はあながち間違ってないから、ちょっと笑ってしまった。・・・今あたしの世界はどうなっているんだろう。あたしが居なくなってからどれぐらい経っている事になっているんだろう。

何処まで未来は、決められた通りに
んでいるのだろう。


/11/

鬼児が出たと店を慌ててみんな出て行った時に小狼くんにサクラ姫をお願いしますと言われたのでサクラちゃんと店の中で両手を握り締めあって待っていると小狼くんが怪我をしたのを見てサクラちゃんが飛び出しそうになった。駄目、と手を伸ばすも届かない。すると店先に居た譲刃ちゃんがサクラちゃんを止めてくれて、あたしもサクラちゃんの側に寄った。「小狼くんが心配なら、サクラちゃんは絶対に怪我しちゃ駄目だからね。」と言ってあたしはサクラちゃんの片腕を掴んだ。サクラちゃんは何か言いたそうな顔をしていたが大人しく小狼くんや、龍王くん達を見守った。その場に居た鬼児狩りのメンバー全員で掛かってやっと鬼児は倒され、草薙さんはこのところ桜都国がおかしいと呟いていた。その場が一瞬静まり返った時にたっだいまー、と明るい声が聞こえて其処に居た全員が振り返ると其処には黒鋼さんと、黒鋼さんに担がれていたファイさんが居た。
慌てて駆け寄ると黒鋼さんは担いでいたファイさんを急に落としてしまった。ファイさんの手を掴んで均衡を保とうとするもあたしの力だけじゃ無理で、ファイさんの後ろに居た小狼くんとファイさんと同じくあたしもファイさんの手を掴んだまま倒れてしまった。衝撃に備えて閉じていた目を開けるといつかと同じようにまたしてもファイさんの顔が目の前にあった。ひゃああああと奇声を上げながら茹蛸のような顔を隠しながら立ち上がるあたしを見てファイさんはあはは、と笑っている。あたしが「ごめんなさい」と言おうとしたらそれに被さって黒鋼さんの蘇摩、と言う声が聞こえた。黒鋼さんの慌てっぷりに呆然とする倒れたままの小狼くんと立ち尽くすサクラちゃんとあたし。ファイさんはいつものようにヘラヘラとしていた。

譲刃ちゃん達が帰った後、小狼くんがファイさんの足の手当てをしていた時、「どうぞ」とファイさんが座っているソファの肘置きに紅茶を淹れたカップとソーサーを置くとファイさんは言った。「本当に色んな世界に居るんだね。次元の魔女が言ってたように『同じだけど違う人』が。」「だったらこれからも逢うかもしれないねえ。前居た世界で逢った人と。」その言葉につい近くに居たファイさんの服を掴んでしまった。あと天の龍で逢っていないのは神威と、火煉さんと蒼軌さんと・・・ズキン。また頭が痛む。駄目だ、考えたらまた倒れてしまう。ファイさんはちらりとあたしを見ると話を逸らして思考を止めるかのように持って帰ってきたおみやげと言う名前のお酒を取り出した。その後黒鋼さんが可哀想に思ったのはきっと幻覚でもなんでもないだろう。実際ファイさんとサクラちゃんとモコナはにゃんにゃん言いながら酔っ払って、あげくファイさんはすごい抱きついてくるし。(まだ慣れないあたしには試練かと思った。シラフじゃないから話しが通じなくて。)小狼くんはなんというか、酔っ払ってないようで酔っ払ってるし。流石にお玉もって剣の練習しようとしたのは噴出した。ちなみにあたしは酔っ払ったサクラちゃんを黒鋼さんが捕まえてくれた後ベッドまで運んで、そのままベッドの側であたしも寝てしまった。お酒に関しては飲める方だと今日知った。一応未成年だし今まで勧めるようなひともあたしの周りには居なかったから。真面目なひとばっかりなのと、それ以前にあたしの周りには極端にひとが居なかったのとで。

次の日は二日酔いでファイさんと小狼くんは大変だったみたいだけど、サクラちゃんはなぜかキラキラとしていた。お酒飲んだ日の方が早起きなんて聞いたことない。小狼くんと黒鋼さんは朝から刀を買いに外に出て、その間あたし達ニャンコトリオはカフェで仕事をしていた。小狼くんと黒鋼さんが帰ってきたのは夜になってからだった。刀を無事に買った後に修行でもしてきたのかボロボロの小狼くんにサクラちゃんは救急箱を持って奥の部屋に消えていった。

さらにその翌日。店でケーキを運んでいたところに突然ドアベルが激しい音を立てた。開いたドアからは小狼くんと龍王くんが入ってきて、新種の鬼児と逢ったと言った。小狼くんは続けて「その人を知っているかもしれない。」と告げた。せいしろうさん、と確かに声は出ていなかったものの口は動いた。心臓がうるさく鳴り始める。せいしろうさん、せいしろうさん、星史郎さん・・・星ちゃん。頭の中に桜の木の下で北都ちゃんを星ちゃんが現れる。これは、北都ちゃんが居なくなった日・・・もう一人、大切なひとが関わってたのに思い出せない。どうして。またしても頭が割れそうに痛くなる。ズキンと走った痛みであたしはそのまま
視界が暗くなるのがわかった。


/12/

目が覚めるとまだ頭にぐわんと何かが響いているかのように鈍い痛みが走った。ゆっくりと起き上がるとそのままベッドを離れて着替え始めた。・・・昨日もまた倒れてしまった。運んでくれたひとにお礼言わなきゃ。着替えが終わり階段を降りてキッチンを見るとサクラちゃんが倒れていた。ファイさんの「他に構ってる暇なんてない筈の俺が幸せを願ってしまうくらい」と言う声がこの家全体に響いていくのがわかった。ファイさんのいつもと違う笑顔に何故かあたしの心臓はちくりと痛んだ。

しばらくしてキッチンの前で立ち止まっていたあたしは、「サクラちゃん、眠っちゃったんですね。」とファイさんに声をかけた。「ちゃんも大丈夫?」と言いながらサクラちゃんを横抱きにしてソファにゆっくりと寝かせるファイさんを見ながら、すみません、と聞こえているかわからないほどの声で呟いた。「小狼くんの恩師は、もしかしたら別の世界・・・あたしの居た世界で対価にしたひとの関係者かもしれないんです。」小狼くんの声を出さずに動いていた口を思い出し目を閉じる。瞼に浮かぶのは地の龍の一人である暗殺集団桜塚護・桜塚星史郎。集団と呼ばれるのは協力者が居るからであって本当は桜塚護は一人しか居ない。そう言っていたのも彼本人だった。無意識のうちに奥歯に力を入れてしまい歯が悲鳴をあげた。少し最近気が昂ぶり過ぎている。敏感になっているのだろうか。眠っているサクラちゃんの側に行くとモコナはファイ、前におっきな湖があった国で言ってたよね。「笑ったり楽しんだりしたからって誰も小狼を責めないって。」とファイさんを見上げて言い始めた。きっとあたしが聞いちゃいけないだろうなと思いながらも出て行くのもよそよそしいので耳を傾けないようにしてサクラさんの髪の毛を一房手にとって絡ませた。サクラちゃんは可愛いし、性格もいい子だし、まるで絵に描いたかのような女の子で本当に羨ましい。あたしもサクラちゃんみたいに強い心を持ってたら、世界の運命を変える事も出来たのかな。次元を渡る旅をし始めて何度考えただろうか。ぴたりとサクラちゃんの髪の毛を遊ばせていた手が止まる。
『もう少し』自分に夢見の力があれば丁さんのもう一人の人格にも気づけたのに。
『もう少し』運命に抗おうとしていたならば丁さんに世界から追い出されるとしても少しぐらい運命を捻じ曲げる事だって出来たかもしれないのに。
「も、う少し」もしも、なんて存在しないのは自分が一番わかっているはずなのに。未来は常に一つ。あたしや丁さん、そして地の龍の夢見が見た未来だけ。・・・それでも。ほんの少し、ほんの少しだけでも、あたしが夢見の力を無くした事の影響が起きて天の龍の神威が愛した女性、小鳥さんの言ったようにあたし達夢見が見た未来から逸れる事を祈るしかできなかった。

「あのね、もなの!」ふいにモコナの声で思考の海から呼び戻された。え、と声を漏らしてモコナを見ると「は本当に楽しく笑ってる、でも直ぐに違う事を考えて笑顔が曇っちゃうの。」まったくもってモコナの言うとおりだった。みんなと旅をしてて、最初は不安ばっかりだったけれども今はすごく楽しい。もちろん楽しい事ばっかりじゃないけれど、つらい事もみんなで乗り越えられる気がするから、笑顔になれるんだと思う。みんなで一生懸命になれる事なんて、学校で友達も居なかったあたしには初めての経験で、自分の知らない事をどんどん知っていく事が嬉しくて、忘れてしまう。自分が何故次元を渡るのかを。
でも本当は自分でも気づいている。元の世界に帰らない方がいいんだと。もしあたしが帰ってきた事で、あたしが運命に干渉してしまえば未来が変わるかもしれない。でも、それが果たして神威にとって、天の龍や地の龍にとって、この星で生きているひと達にとって、そして地球にとって良い結果になるのか。未来はあたし一人の
エゴの為に変えていいようなものじゃないと言う事を。


/13/

「寂しいひとはね、分かるの。」「ファイも黒鋼も小狼も、も。何処か寂しいの。」でもね、と続けるモコナはちらりとサクラちゃんを見た。「一緒に旅をしてる間に、その寂しいがちょっとでも減って、サクラみたいなあったかい感じが、ちょっとでも増えたらいいなって、モコナ思うの。」寝返りを打ったサクラちゃんを見ればとても幸せそうに眠っている。そうなるといいね、とファイさんは言ったけれども、「・・・きっともう寂しさ、減ってるよ。」あたしはファイさんの肩に乗っているモコナを見て笑った。

カランカランとドアベルが鳴ってファイさんがいつものへにゃりとした笑顔でいらっしゃいませ、と言う。入ってきたひとを見てあたしは目を離せなくなった。「・・・せ、いちゃん」すると星ちゃんはこちらを向いて少し驚いていた。しかしすぐにそんな素振りも見せずにファイさんを話し始めた。星ちゃんの背後には数体の鬼児。しかも前にこの家に侵入してきた奴よりも明らか段階が上の方だと思われるモノばかりが。本物の右目は魔女に渡しましたから、と右目に手を添える星ちゃんを見て身震いがした。それは星ちゃんが放っている殺気も含まれているかもしれないけど、右目に怪我をした彼に見覚えがあったからだと思う。夢で見た、――を庇って・・・まただ、また頭が痛くなってきた。誰を庇ったの?北都ちゃん?だ、れ・・・こんな時まで頭を抱えるあたしにファイさんはあたしの名前を叫んでくれる。モコナも必死に名前を呼んでくれる。頭を左右に振って無理矢理思考を止め、サクラちゃんを庇うように覆いかぶさった。モコナが涙を溜めながらあたしを見ているのでそっと頭を撫でて「もう大丈夫だから、」と言った。この間鬼児にやられた足をかばいながら戦うファイさんはどうしても防戦に傾いてしまう。だめ、このままじゃ・・・でもあたしでは星ちゃんに敵う事はないだろう。どうしたいいの。

(もう目の前で大切なひとが居なくなるのを何も出来ずに見てるなんて嫌だ)

ぎゅ、とサクラちゃんを抱きしめながら目を瞑るが星ちゃんの「さようなら」と言う声に慌てて顔を上げてやめて、と叫ぶけれども目の前でファイさんは居なくなった。また目の前で何も出来なかった。声をあげる事も出来ずにただ星ちゃんを見上げる。覆いかぶさって守っていたサクラちゃんから離れると、立ち上がって星ちゃんをまっすぐ見た。「違うけれど同じ人と言うのは本当だね、」ちゃん。あの忌わしい優しい声が鼓膜を刺激する。「と言う事は、貴方の世界でもあたしは因縁があるようね。」星ちゃん。力任せにいつの間にか流れていた頬を伝う涙をぬぐう。「そうだね、ちゃんとあの双子とは特にね。」どくん。心臓が大きく跳ねたのが自分でも分かった。双子?ふたごって何。また鋭い痛みが頭を走りうずくまる。サクラちゃんのソファの上に居るモコナが必死に名前を呼んでいる。ふ、たご・・・記憶にかかっているノイズ越しに何かが見える。あれは、星ちゃんと北都ちゃんと・・・もう一人。北都ちゃんの双子の弟で・・・す、「随分と苦しそうですね。今、楽にしてあげますよ。ちゃん。」星ちゃんが振りかぶったのが分かっていても頭痛のせいで思うように身体が動かず、あたしは星ちゃんに刺された。意識が途切れるまでモコナは必死にあたしの名前を叫んでくれていた。

アラームのような大きな機械音で目が覚めるとあたしは透明の卵のような形をした物に入っていた。何処からかコンコンとドアを叩くような音がして見上げるとファイさんが居た。パカリと卵が開くとファイさんが手を伸ばしてあたしの頬にそっと触れた。近づいてくる手に肩を跳ねさせたけれども「こんなに泣いちゃって。」と言うファイさんの声に安堵してまた涙腺が緩んだ。あたしがようやく泣き止むとファイさんはあたしの手を掴んで歩き始めた。急に歩き始めたのでバランスを崩しかけてフラフラとファイさんについて行きながら聞いた。「え、何処に行くんですか」「この国のこと聞きに行かなきゃ。」なるほど。
歩き回って分かった事、それは桜都国と言うのはこの桜花国にある遊園地のアトラクションだと言う事、このアトラクションを作ったのは目の前に居る日比谷千歳さんだと言う事、そしてそのアトラクションが今何者かに干渉されていて安全で楽しめる遊戯では無くなってしまうかもしれないと言う事。後最後にどうでもいいけど、身長差によるコンパスの大きさの違いって本当にあるんだ、と言う事が分かった。頭一個分以上身長に差があるファイさんと歩幅が違うせいですぐにつんのめってしまっい、迷惑をかけてしまった。その後はファイさんがあたしに歩幅を合わせてくれたのだけれどもいつもあたしファイさんに迷惑かけてしまってるなあ、と少し反省した。

しばらく桜花国で色々お話を聞いた後一度夢卵の元に戻るとタイミングよく小狼くんが帰ってきた。そして夢卵を作った千歳さんに星ちゃんについての話をしはじめた。小狼くんの口から「星史郎さん」と名前が出るたびに思い出せないあの人と星ちゃんの話を電話や夢の中でよく北都ちゃんがしていたのを思い出す。肝心なあの人の名前も顔も思い出せないけれども。夢で逢う事は日常茶飯事だったし、いつも沢山東京に来てからの生活について話してくれていた。

軽い身のこなし、あたしがいる世界より随分と若い、昔の星ちゃんのようで。これが夢ならばどれだけ楽だろうか。あたしが見ていた、ゆめ。
黒鋼さんと戦っている別の世界の星ちゃん。苗字があるのかも同じ漢字を書くのかもわからないけれども一つ言える事魂はやはり同じ。あの目は自分の居た世界の星ちゃんと何も変わらない。・・・右目も。星ちゃんが無理矢理呼び出したイの一つまり桜都国でもっとも強い鬼児に、回りくどい質問の仕方はやめましょう。「貴女の本当の名前は、『昴流』ですか?」パキンと頭の中で何かが割れる音がした。何かが脳に無理矢理入り込んでくるような感覚。まるで走馬灯のように次々と出てくる記憶。すばる。スバル。すばる。昴流。あたしが自分の居た世界で一番大切だったひとの名前。今まで感じた事の無いような感覚に膝に力が入らなくなり座り込む。ファイさんとよく似た悲しそうな笑い方をする、他人は大切に出来るのに自分を大切に出来ない純粋なひと。今まで忘れていた全てが急に入り込んできたせいか、
突然目の前が真っ暗になった。


/*1/

「はじめまして嬢。CLAMP学園理事長よりご命令で参上させていただきました、」妹之山残と申します。深くお辞儀をした少年は名乗る。CLAMP学園―鬼才・天才のオンパレードと言われるほどの優秀揃いで有名な学園であり幼等部から大学部、果ては銀行やカフェまでその敷地内にあるいわゆるひとつの街以上の大きさを持つ日本国内でも有数の学園である。
少女、が少年残に出会ったのはまだ五歳になったかならなかったかの物心がようやくついた頃だった。京都・皇家の分家として生まれたには生まれる前から運命が決まっていた。それは世界の終末に関わる運命。
彼女の生まれた皇の分家は陰陽師としての能力を継いでいる血が薄れ、ほとんどの人々が陰陽師としての力を持たず普通に生活をしていた。皇の本家や他の分家とも年に数回行事で逢う程度の親戚関係であった。そのような家から何故彼女が生まれたのか、それは決まっていた未来だからである。それ以外の何者でもない。

CLAMP学園に来るべき日まで安置される神剣を護るべくして生まれた少女。

学園から出る事を許されずにCLAMP学園の中心で夢を見る。神威と同い歳の幼い夢見。その為には本家で修行を積み己を守る程度の陰陽術を学んだ。全て来るべき日の為に。
自分が見た夢と同じようにCLAMP学園理事長の遣いで夢と同じように少年が京都までやってきた。これから世界をかけた戦いが始まるのか、と意味を半分も理解できないだろう年齢なのに全てを見透かしたような瞳で少年・残を見つめ、差し出された手を握った。

それから数年。はCLAMP学園理事長私室の中を更に区切った一室で眠って夢を見ては未来を見た。高野山や伊勢神宮、三峰神社に居る世界の運命を背負った自分とほとんど年齢が変わらない少年少女達、伊勢付きの風使いや悪魔と呼ばれた焔使い達。地球を救うか滅ぼすかの選択を強いられる強く脆い一人の少年の事。そして、「・・・すばる。」同じ屋根の下で育ち肉親の様に慕っていた双子の未来。
京都まで自分を迎えに来てくれた残は頻繁に自分を訪ねてくれるし、残と共に同じ学生会であったの鷹村蘇芳と伊集院玲とも知り合いになった。最近は理事長の好意で昼間はCLAMP学園初等部生徒として学校生活も満喫させてもらっても居て、夜間に普通に生活する人々と同じように夢を見た。このCLAMP学園内でも生活に必要な物は全て揃うので不満なんて何もなかった。ただひとつ、数ヶ月前に東京に上京して来た双子に逢えないと言う事以外は。

数日して理事長に呼び出されると京都皇本家からのかかって来た電話を渡された。「はん、お久しぶりどすなあ。」覚えてはりますやろか?無機質なノイズ越しに聞こえる数年ぶりに聞く声。先代当主は一緒に育った双子の祖母にあたる人物で、は自分にとっては遠い親戚すぎて縁がない人だと思ってたが、本家で住むようになってからは自分の本当に祖母のように接してくれていたとても優しい女性だった。「おばあちゃまですね。」「そうどうす。今日ははんにお伝えしたくて電話させてもらいました。」・・・北都ちゃんと昴流ですか?電話越しに先代は肩を揺らしたのがわかった。「学園から出られへんと思いますが、許可をもろたら外出出来るはずやさかいに、一度逢ったってください。」「わかりました。急かもしれませんが明日に向かいます。」その後少し近況等を先代に伝えると理事長に電話を返し、は「明日、外出したいのですが。」と理事長言う。表情は読み取れないものの了承を得た。先ほど電話で聞いた双子の居るマンションの住所に目線を落とすと、夢で見た
の大木が脳裏を過ぎ去って行くのがわかった。


/*2/

次の日残に車を用意してもらい昴流と北都の住むマンションへと向かった。車の中で普段なら自分から話しかけてくるはずのは一言も喋らず、ただ窓の外を眺めていた。何かをずっと考えているかのように。残や蘇芳、玲も心配ではあるが何と声をかけてよいのかわからない。自分達とは違う地球をかけた運命の歯車のひとつを生まれ持った彼女に軽々しく声をかけることなど出来なかったのだ。車が止まると前しか見えていないかのように声を発する事もなく車を降りマンションの玄関へと消えて行った。残された三人は顔を見合わせた後残は一人マンションを見上げながら眉を顰めた。「これ以上、には悲しい運命を背負ってもらいたくは無いんだが。」物心ついて直ぐにCLAMP学園へと自ら引き取りに京都まで行ったあの日から数年。初等部学生だった自分達もいつのまにか成長していた。五年近くをずっと見守ってきたが、彼女は自らは決して何も欲さず、ただ孤独に未来を見つめていた。あの時もし自分が京都に行かなければ、彼女の運命は変わっていたのだろうか。「もしあの時、なんてありえないのはが一番知っている事だからな。」マンションを見上げていた目線を車内に戻すと息をひとつついた。

一方は昴流の住む部屋の前まで着いたのだがインターフォンが押せずに四苦八苦していた。どれだけ思考が大人びていてもまだ十にも満たない少女なのだ。精一杯背伸びしてみるも届かず、地面を蹴って飛び跳ねる事数回、インターフォンを無事に押すことが出来た。インターフォンからは声がしないがバタバタと廊下を走る音が聞こえて息を呑んだ。音を立てて開いた重厚な扉の向こうには数年ぶりに逢う肉親のように慕っていた双子の姉が居た。ほくとちゃん、と緊張して乾く口を動かしてかすれた声で言うと北都は目を見開いていたが突然を抱きしめた。「!まってたのよ!」数年ぶりの再会なのに何一つ変わってない北都に、は安堵した。中に入るように促されて部屋に入ると北都の靴と昴流の靴、そして一つ大きさが違う革靴が並んでいた。それを横目にリビングへと繋がっている廊下を一歩一歩進んでいった。
リビングの扉を北都が開けると正面に昴流と知らない男性が楽しそうに談話しているのが見えた。昴流はに気づくと座っていた椅子を倒すほどの勢いでを見た。「ちゃん!」純粋無垢な笑顔を向けると昴流は「あ、初めましてだよね、こちら獣医の桜塚星史郎さん。」見慣れない革靴の持ち主と思われる眼鏡をかけた優男はを見ると「桜塚星史郎です。ちゃんでいいのかな?北都ちゃんと昴流くんにいつもお世話になってます。」とお辞儀をした。「・・・です。初めまして。」本当に初めましてだろうか。の頭の中には疑問が生まれた。なんでだろう、見た事があるように思える。目を閉じると一瞬で夢に繋がった。桜の大木と北都そして星史郎の居る夢に。我に帰ったかのように目を開けるともう一度星史郎を見た。(このひとが、ゆめでみたひと)暗殺集団・桜塚護。「あれ、ちゃんは苗字は皇ではないのですね。」「は分家の子なのよ遠縁よ、遠縁。」でも力は皇でも指折りなんだからね!

北都と昴流がお茶を淹れに行っている間、星史郎とは二人っきりになり、いまだに警戒心を緩める事ないに優男を演じている星史郎は困ったように話を持ち出していた。「せいしろうさん。」「北都ちゃんと同じく星ちゃんでいいですよ。」にこりと笑う星史郎に悪寒がした。このひとはこんなにも優しい仮面を被って昴流を、北都を陥れようとしているのか。「じゃあ、星ちゃん。」「なんですか?」「・・・貴方に逢うのはきっと最初で最後だと思うから言うね。」事情が飲み込めないのかきょとんとした星史郎をまっすぐと見つめては言う。「昴流と北都ちゃんを連れて行かないで。」「どう言う事ですか?」にこりと笑って答える星史郎には声を荒げる気持ちを抑えて静かに言う。「・・・とぼけるならいい。わかってるからとぼけるんでしょ。」先ほど昴流が座っていた椅子から降りると廊下に繋がる扉に手を伸ばそうとして星史郎の方を振り返る。「にはね、未来が見えるの。おばあちゃまはゆめみってのことを言ってた。」「だからは星ちゃんが北都ちゃんと昴流に何をするか知っている。」「未来を変えようとは思わないのですか?」たとえば今此処で僕を殺すとか。は平気そうに笑っている星史郎をしばらく見つめていた。そしてゆっくりと目を閉じる。「しない。だってそんなことしたら昴流がもっと悲しむ。」そう言うとは扉に向き返り、廊下に出て行った。あら、もう帰るの?と北都の声が廊下にこだまし、そろそろ帰らないと未来に干渉してしまうかもしれないの。と言うの声もこだまする。その後玄関の扉が開く音がするとしばらくしてまた次は閉まる音が響いた。
「まだがきんちょの癖に未来に干渉しちゃうかもってホントにませてるわねー。」「はね夢見なのよ。」先にリビングに戻ってきた北都は星史郎の前にあるカップに紅茶を継ぎ足しながら軽快に話しを続ける。「普段は外に出られないみたいだけど、たまになら出てもいいって許可がもらえるとか。」今日もおばあちゃまが関わってるらしいけど、ちゃんと許可もらって出てきたみたいだし。「・・・夢見は未来が見えても変えることは出来ないからね。があんな風になっちゃうのもおかしくないと思うんだけど。」まるで自分の妹のように一緒に育ってきた少女を瞼裏に浮かべながら悲しそうに言う北都の
は星史郎には届いていなかった。