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目を覚ませば見慣れた天井。ゆっくりと起き上がり、窓に目を向ければまだほんのり空が青がかっているのがカーテンの隙間から見える。とんでもない夢を見た。
ある意味未来を見た時よりも寝覚めが悪い。「すばる。」ため息に混ざって小さく零した名前は幼い時によく遊んでもらっていた双子の片割れ。最後の逢ったのはきっと今日見た夢の時だったかな。その時には全部見えていた。北都ちゃんの事も、星ちゃんの事も。

昴流自身の事も。

もうじきもう一人の神威が覚醒する。今日か、明日かそれとももう少し先なのか。わからないけれども近い将来運命の歯車はとうとう動き始める。つらい未来が待っている。あたしは一人此処で待っているだけ。みんなが帰ってくるのを。
コンコン、とドアを叩く音がしたのでどうぞ、と呼びかけると残さまが顔を出した。「、起きてるかい?」と今日も素敵な笑顔。幸せな朝。はい、と返事をするとおはようと挨拶が返ってきた。毎日同じ挨拶なのに毎日新鮮さを感じる。特に今日みたいな夢を見た次の朝は。
着替えますと言うと今日は学校行けそうなんだな、と笑って残さまが出て行くのを確認するも、どうも着替えたくない。だるい。・・・いや、眠いのかもしれない。なんだかんだと言いながら高校生活が始まってから随分経っているはずなのにクラスに顔を出したのは数えるほどだけ。此処最近はずっと眠りっぱなしで夢を見ていた。立て続けに同じ夢を見ると言う事は近いのだと思う。世界の終末が。
そうこうしているうちにまた眠気が襲ってくる。駄目だ、起きなきゃ。高校は出席日数が・・・あ、る・・・

360度スクリーンのような夢の中で、神威ともう一人の神威、そして神威が愛した女性が見える。これはこの間も見た夢だ。そう、神威が天の龍となる事を選び、添星であるもう一人の神威が地の龍になる未来。天の龍になる神威にはとてもつらい未来になる事はこの先を見なくてもわかる。目を逸らし、人差し指をすい、と動かせば夢が変わった。精神が、いや心が壊れたが正しいのか。夢に囚われてしまった夢見の素質を持つ神威の愛した女性、小鳥さんを連れて二人の神威がCLAMP学園に来る。・・・残さま達が、連れてくる。そして動く、運命の歯車。

地の龍の神威にあたしが見ているのを気づかれた、まだ覚醒していない筈なのに。慌てたあたしは自ら立てた音によって目を覚ました。自分の格好を見ればダルかったなりに着替えるつもりはあったと思われる制服をベッドに置いたままベッドに寄り添うように眠っていた。今日も学校行けなかったな、と窓の向こうの暗闇を横目で見ると慌てて部屋を飛び出した。高級な絨毯を敷いた理事長室付近の廊下を走っていると理事長室に出入りしている残さまの従者が歩いているのが見えたので直ぐに引き止めて腕を掴んだ。「残さま達は?何処に居るの?」きっとすごい剣幕で言っているのだろう、驚きと怯えを隠せない様子でその従者は言う。「車で出掛けられました。鷹村さまと伊集院さまと共に。」急いで居られたのでそれだけしか伝えておられません。あたしはそうですか、と腕の力を抜いて礼を言うと踵を返して部屋に戻る。本当のあたしの
役目が、始まる。


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目の前は此処が本当にCLAMP学園の敷地内なのかと疑うほどの瓦礫の山と血の海。何度も夢で見た光景なのに実際に見ると冷静さを保てなくなるかと思うほどの光景が目の前にあった。惨劇を目の当たりにした天の龍達は神威を見て動けなかった。その様子をしばらく見て、静まり返ったこの場所にあたしの言葉が響く。「運命が、動き始めた。」何者が来たのかと音を立てて振り返る天の龍を一瞥すると「神威を手当てしなきゃ。部屋まで運ぶの手伝ってください。」医者はちゃんと呼んであるので。一人で喋るだけ喋ると向き直して廃墟どころかコンクリートの塊と化したプールを離れようとするあたしに喪服なのだろうか黒いスーツを着た男性が聞く。「ねえちゃん、何者や?」「・・・それより神威の手当てが先です。」振り返ってついてくる様に促すと、黒いスーツを着た男性がゆっくりと神威を横抱きにして足を進める。残りの天の龍達も男性の後をゆっくりと進む。

残さまに伝えていた通り、大きなスウィートルームのような部屋に神威を連れて行くと、すぐに内線で残さまに医者をこの部屋に連れてくるように伝えた。その間も神威はずっと、小鳥さんの首を離さなかった。ちらりと見えた神威が今にも壊れそうで未来は見えても何も出来ない自分に嫌気が差した。この敷地内でもう一人の神威が目覚めるのを知っているのに、この敷地内に居るのに干渉は許されない。一度昔干渉しようとした事があった。・・・星ちゃんの右目の時に。干渉しようと部屋を飛び出したところで突然意識が途切れた。そして夢で星ちゃんが昴流を庇って右目を失明してしまうのをただ見ているだけだった。多少の誤差があろうが未来は常に一つなんだ、とあの時に思い知らされた。

医者が駆けつけると直ぐに神威の手当てが始まり、あたし達は医者が来たと同時に部屋を出た。医者の集中力が途切れないようにゆっくりと扉を閉めて向きを変えるとその場に居た天の龍いや世界の終末の関係者の視線があたしに注がれていた。
「で、ねえちゃんは何者なんや?」先ほどの黒いスーツを着た男性が一歩手前に出る。あたしは一度目を閉じ深呼吸すると「世界の終末の関係者です。」とだけ答えた。目を開けると大多数のその場に居る人間は腑に落ちない表情をしているが、一人だけ涼しい表情をしている人物が居た。その人物と目が合うとその人はあたしに近づいてきた。あたしの肩に手を置くと、と聞きなれた声が部屋に響く。肩に乗った手に目を向けていたあたしはその手の持ち主の方へと顔を見上げる。最後に逢ったのはあの日だから、少なくとも五年ぶりの再会だった。昔と違って髪の毛は短いし聞きなれた声ではあったけれども少し低くなった。背もお互い伸びているとは言え随分と高くなった。幼さなんてまったくない、けれども面影を残した独特の笑みに少し眉間に皺が寄った。
「ねえちゃん、知り合いなんか?」黒いスーツを着た男性にあたしは無言で頷き、昴流の目をじっと見た。「・・・すばる。」「久しぶりだね。。」最初見た時は気づかなかった。「・・・昴流はわかったよ。一瞬で。」そう言うとあたしは俯いた。まっすぐに見つめる昴流を見ていられなかった。全部、全部知っているあたしを見透かすように見つめる昴流を。
「それは、夢で見たから?」あたしの肩が跳ね、部屋が少しざわりとどよめいた。「貴女は夢見なのですか?」ストレートロングの黒髪の女性の遠慮がちに問いかけてきた。あたしは昴流の手を肩から離すと改めてこの場に居る人々を見た。
「あたしは、このCLAMP学園で来るべきまで眠る神剣を護る存在です。」「聞いた事あるわ、神剣を護る存在。星見のじいちゃんが言うとった。神剣を護り夢を紡ぐ少女。」そう。それがあたし。このCLAMP学園から離れる事が出来るのは干渉範囲内のみ。誤差が誤差として生じない程度にしか出る事は許されない。特に、この世界の運命の歯車が動き始めた後はもう此処から出る事など不可能だろう。
先ほどの女性とは別のブレザーを着たあたしより少し年下と見える女性が何かを言おうとすると時同じくして神威が居る部屋から医者が出て来ると軽く会釈して足早に去っていった。その姿を見送った後、黒いスーツを着た関西弁の男性は部屋の扉に手をかけて息を呑むとゆっくりと扉を開けた。
「・・・部屋に、戻る。」あたしは小さくかつ短めに昴流に告げると部屋を去った。扉を閉めると力が抜けたかのように座り込みそのまま夢に入った。自分の部屋までの距離を思うとこれが一番手っ取り早く夢に入れるし、ちょっと残さまの従者にあの子は変な子だとまた後ろ指を指されるぐらいなんて事ない。もちろん夢の先は、神威の心の中。

目を閉じれば前も後ろも上も下もない見慣れた暗闇に一人立っている。次第に灯が見えると障子のような格子越しに神威の夢を覗いている影が見えた。すでに神威の心を誰か覗き込んでいる。気づかれないようにあたしもまた覗いている人物と、神威の心を見た。神威が昴流に見せた、もう一人の神威の目覚め。そして、昴流の思い出。実際には昴流は其処に居たわけではない。あの時昴流は自分の殻に閉じこもってしまった。今の神威のように大切だった存在に心に傷をつけられた。腕を折られたのにも関わらずそれすらも感じないほどに。神威を諭している昴流をただずっと見ている。それだけでも辛かった。"僕を愛してくれる人達をきっと悲しませるだろうけど。"わかっている。昴流がどれほどまでに星ちゃんを思っているのか。ずっと見てきたから、夢で。あんな風に感情をむき出しにした昴流を見たのはあの手術室の前で扉を叩いていた時だけだったから。その分とても憎い。桜塚星史郎と言うひとが。昴流の見せない感情を引き出せるのに何も感じないあの男が。昴流はあたしでは止められないとでも言うかのように昴流の記憶の中の舞う桜を手に取ろうとしても通り過ぎていくだけだった。「そう、もきっと悲しむ。・・・僕の願いをきっと知っているはずだから。」「って?」「兄弟のように姉さんと僕と一緒に育った女の子だよ、時期に逢える。」昴流の願いは、昴流の言うとおり知っている。昴流の願いは叶わない事も知っている。昴流はそれでも求め続ける。桜塚星史郎の面影を。昴流と星ちゃんの未来を知った時、苦しくて目が覚めたのを今でもよく覚えている。無自覚だったけれどもあたしが昴流の事を特別だと思っていたのもあの夢で気づかされた。そう、昴流はあたしにとって特別。大切なひと。あたしの願いは昴流が幸せになってくれる事、それだけ。これからもそれしか願わないし、これから先昴流以外のひと特別と思う事もない。未来は変わらないのだから。神威の心を無事に目覚めさせる事が出来た昴流の表情を見てあたしは夢の中から去った。

意識がはっきりとすると目の前には昴流と神威以外の世界の終末の関係者が揃っていた。「ねえちゃんこんなとこで夢見てるなんて肝据わっとるなー。」「部屋戻るんちごたんか?」と笑いながら言う男性にあたしは乾いた笑いを返した。めんどくさかったなんて言えない、きっともっと笑われるだろう。「・・・昴流は?」縋るように目の前に居た関西弁の男性の腕を掴んで聞くあたしを見て一瞬男性は目を見開いたが、直ぐに笑いかけて神威と一緒に居ると教えてくれた。それを聞いてあたしも一息つくと、立ち上がって神威の居る部屋に足を運ぼうとするが、ちょっと待ってやと腕を掴まれる。「あの兄ちゃん・・・いや皇の当主とねえちゃんは、どんな関係なんや?」「あたしと昴流は、遠い親戚です。本当の兄弟のように育った、親戚です。」まあ、逢うのは七年ぶりなんですけど。とあたしが言うと腕を掴まれていた力が少し緩んだ。「ほとんど皇の血が通っていないような分家ですが、本家で育てられたんです。」「ほとんど血が通ってないってじゃあ力なんてないんちゃうんか?」「あたしがその家に生まれるのもまた、必然ですから。」先代、おばあちゃまに聞けば普通の生活をしていたあたしの父母に突然力があるからと引き離してしまったと言っていた。きっと世界の終末なんて言葉しか聞いた事の無いようなほとんど関係のない家だったんだろう。でもあたしはその家に夢見の力を授かった子供として生まれ、本家に生まれて直ぐに連れてこられた。父母の顔なんてもちろん覚えてない。あたしを本家を育てると言われた時、どう思っていたのだろうか。今まで考えた事もなかった疑問を振り払うかのように掴まれていた腕をするりと払うと
の向こうを目指した。


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CLAMP学園はとても広い。けれどもまるで計られたかのようにあたしの部屋から小鳥さんの眠る木の下が見える。あたしは未来を見れるけれども此処まで事細かには見えていない。重要な未来だけしか見る事が出来ないので、これもまた運命なのだろうか、としか思いようがない。次々と集まる天の龍達を部屋から見下ろしながら呟く。「天の龍が全員揃った。」世界の終末が、また一歩近づいた。そろそろ神剣をこの学園の中心に安置するはずだ。昨日の出来事がなかったら直ぐにでも安置できたはず。けれどもこれも決まっている運命。今日からあたしは本当にこの学園から出られなくなるだろう。「・・・それまでに、昴流にもう一度逢いたかった。」窓に触れていた手を離し扉の方に方向転換すると、残さま達と共に天の龍達が居る場所を目指した。

神剣の安置場所、CLAMP学園の五芒星の中心。いつもは噴水が沸いて出ているこの場所も、明るい雰囲気とは一変、地下は現存する沢山のオカルト知識によって護られているこの学園で一番物騒な場所。
此処のモノレールについて残さまが説明すると、黒髪のストレートロングの女性、嵐さんは「常にこの部屋を中心に乗り物自体が五芒星の呪を踏んでいるんですね。」と言った。此処のモノレールはよほどの事がないと使い様がないぐらい実際遅い。五芒星の先から先に移動する時以外他にこの学園の生徒ですら余裕がある時でしか使ってないと思う。「それにこの部屋は暴かれてもあたしには直ぐにわかるようにしてありますから。」と残さまの横に居たあたしも言う。これこそがあたしの本当の役目だから。「どう言う事だ?」すぐ側に居た神威はあたしに問う。「此処の結界の一つはあたしの血を使っているんです。だから暴かれると本体であるあたしにも伝わる。」無理矢理暴こうとすれば、の話ですけどね。と言うと残さまは不安そうな表情であたしを見つめていたけれども知らないフリをしていた。そして諦めたかのように神威のお母さんと前理事長の話を話した。この結界が無理矢理暴かれる、それは最悪あたしの死に繋がる。けれども別に死など怖くはない。元々この世界に縋りつくほどの思いなんて持ってないし、あたしは自分の願いだけを思い続けるだけ。未来が昴流を幸せにしてくれると信じて毎日夢を紡ぐ。ある意味それは自分がこの世界に生きて居たいと望むよりも遥かに強いので縋り付いているのかも知れない。神威達は国会議事堂を目指すと言った、幼い頃にあたしも何度か逢った事のある夢見姫に逢って真実を聞くために。「本当に必要になる時まで、必ず護る。」だから心配しないで。神威の手を握ってあたしは微笑んだ。

神威達を見送ると時刻はもう夕方に近づいていた。最近は夢を紡ぐ為にほとんどの時間を寝ていたので、この時間に起きているも久しぶりだった。玲さんのご好意によって少し時間が遅いけれどもアフタヌーンティーパーティーを開催してもらう事になった。理事長室に紅茶の香りが漂ってくる。玲さんはとても料理上手で、初等部に転校して来た時からよくお婿さんにしたいひとナンバーワンだったほどだけはある。CLAMP学園は催し物が多いので、たまに残さまに連れてもらったりした時はお昼ご飯がとても楽しみだったのをよく覚えている。もちろん、CLAMP学園内での催し物しかほとんど出させてもらった事は無いけれども。
「昨日の今日なのに、とても平和に感じますね。」玲さんが紅茶と一緒に用意してくれたあたしの大好物のスコーンを頬張りながら言う。昨日あんな惨劇が起きていたのに、過ぎてしまうと何も感じなくなる。地球の生死が関わっていると言うのに。「でもきっと、天の龍達には大きな傷を心に残したんでしょうね。」カップをソーサーに置くとわずかに音が鳴った。決してあまり大きな音ではなかったけれども、気になってしまったのは多分昨日の状況を脳裏に浮かべてしまったからだと思う。何度夢に見ても、何度未来を変えたいを喚いても、結局何も出来ない自分が居る。あたしはまだ目が見えて、話すことが出来て、歩けて、そしてこの地から少しなら離れる事も出来る。国会議事堂の下で眠る丁さんや、地の龍の夢見ほど全てを対価にして夢を見ているわけじゃないのに。でも、だから余計に動けるのに動く事を許されないのが憎らしい。幼かったあの日の自分が、必死になって部屋に飛び出してみても結局は運命は変える事が出来ずに一人夢の中で呆然としているだけ。

考えを止めて目線を少し上にすれば残さま達が心配そうにあたしの顔を見つめていた。「あ、ごめんなさい・・・せっかくのティーパーティーだったのに、あたしのせいで暗くなっちゃったりして・・・」「いえ、良いんですよ。貴女は俺達には無い運命を背負っていらっしゃる。だからせめてこの時間が気休めになればそれで満足ですよ。」蘇芳さんは優しく微笑んでくれた。玲さんも残さまも。「、僕達と居る時は無理をしなくていい。今みたいに考え込んでしまうなら言ってくれ。未来については話せないだろうけどそれ以外なら溜め込まないで欲しい。」少しは楽になれると思うから。残さまの言葉と頬に添えられた手の温度に泣きそうになる。この世界の最後を賭けた戦いの関係者はもっと辛い思いをしているひと達なのに。今までもこれからも。なのに自分だけ何故こんなにも優しさで溢れているのだろうか。魚眼レンズを通したような視界の先に居るこのひと達もまたあたしにとっては肉親のように大切なひとなんだと思った。あたしはこんなにも昴流の幸せしか願っていないのに、生きる事よりも昴流の願いが叶えばいいのにと思い続けているのに。あたしの幸せを願ってくれているひとを、あたしは神威の心の中で言っていた昴流と同じように悲しませている。それでも願って止まない。流れそうだった涙は流れる手前でぴたりと止まった。夢で未来を見続けて、辛い未来を見ても泣かなくなったのはいつの事だっただろうか。


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「で、蘇芳さん。」「なんですか?」シリアスだったムードをぶち壊すかのようにあたしと残さまは顔を見合わせるとにやりと笑ってもう一度蘇芳さんを見た。「梓夜凪砂さんとは無事にうまく行っているんですか?」凪砂さんとは何度かお逢いした事があって、確か年齢もあまり変わらない。にやにやとあたしと残さまが蘇芳さんを問い詰めると蘇芳さんは顔を真っ赤にして何かしらの理由を付けて理事長室から出て行った。残さまは相変わらずの笑顔で「蘇芳は本当に何年経ってもいじりがある。」と満足していた。自分は問い詰められなくてよかった、と安心している様に見える玲さんにあたしは「あ、玲さんはわかってるから聞きませんよー。」詠心さんとのご交際。満面の笑みで言うと玲さんはすってーんと漫画のような転び方をしてあわあわとしていた。この御三人と居ると幸せだと感じる。寝ても醒めてもつらい現実しか待ち侘びていないと今までは思っていたけれど、こんな身近に些細な幸せがあるなんて思っても居なかった。世界とか運命とかそんな縛りがまったくないこの空間は昴流の願いの成就だけじゃなく、あたしは残さま達御三人や天の龍達が居るこの世界が、自分が思っているよりも大切だと感じているんじゃないかと思わせるには十分だった。

急に襲ってきた睡魔に耐えられず残さまの肩を借りるように眠ったあたしは先日神威の心の中を見ていた地の龍の夢見と神威が一緒に居るのを自分の真下で見つけた。これを見るために夢に飲まれたのか。
神威が本当はどちらを望んでいるか、生きながらえるも汚れていく地球か生まれ変わって美しくなった地球か。夢見はわかっているはずだ。きっとあえて聞いている。だからあたしもあえて干渉する。もちろんこの干渉は未来になんの変化ももたらさない。最初から神威は答えを決めているから。「あまり、神威を誘惑しないでくださる?」ふわりと降り立つと神威の両肩に手を置いた。「貴方がどれだけ言っても、神威の願いは揺らがない。」わかっているはず。じっと地の龍の夢を見る。自分でも珍しいと感じるほどに強気に出るあたしを見て、神威は小さく、どうして。と問う。「神威を助けに来たの。」にっこりと神威を見て笑うと、地の龍の夢見は目を閉じる。このままでは地球は死ぬ。それでも貴方は『世界』の『維持』を望みますか?神威はその答えにゆっくりと答えた。「そのひと達が居ないなら、『世界』なんてないのと同じだ。」夢の中で舞う羽根にはまるで神威の意志の強さを示すかのように同じ方向へと流れていく。その先が神威の願う未来だと言わんばかりに。「そう、神威は貴方の願いのままに進めばいい。」神威を抱きしめながらそろそろ目を覚まさなくちゃ駄目。丁さんが心配してる。起きて、神威。と言うも地の龍の夢見はまだ話を終わらせようとしない。この世界の結末を告げようとすると丁さんによって干渉されて神威は夢から覚めた。

「干渉されたね。」地の龍の夢の中に入り込んでどれくらい経っただろうか。神威が目を覚ました後しばらく二人で話をしていた。「・・・貴女は昨日神威の心の中を見ていた時に覗いていましたね。」「やっぱりお見通しね。」「あれは僕の夢の中ですから。」神威の夢で舞っていた羽根はやがておさまり次第に透け始め、消えた。代わりに次は大量の桜が吹雪のように舞い始める。「・・・貴方、北都ちゃんが夢で逢っていた夢見よね。」「・・・牙暁。」「かきょう、か。あたしはってゆーの。」牙暁が指で一本線を描くと前が見えないほどの桜吹雪の向こうにあたしが知っている過去が見える。桜の大木の下で向かい合う白と黒。真っ白の穢れを知らないような式服を身に纏った北都ちゃんと、全ての穢れを隠すかのように漆黒のスーツを身に纏う星ちゃん。「・・・貴方も、知っているのね。」「僕も貴女も未来は見えても何も出来ない。この先も」「終末まで、か。」ま、其処まで生きてないけど。と軽く言うあたしに牙暁は目を見張る。「この世界に未練なんて無い。あたしが望むのは、たった一つだけ。」それがあたしを大切にしてくれるひと達を悲しませるとしても。やっと大切だと気づいたのにやはり止められない。「天の龍、皇昴流。」牙暁の声に眉間に皺が寄る。お互い目線を忌わしい過去に向けていたけれどもゆっくりと目線を外す。「死ぬなんて怖くない、なんて言ったら天国に行った時に北都ちゃんに自分を大切にしなさいって怒られそうだけど。あたしは、」「それ以上に昴流が大切だから。」北都ちゃんの分まで昴流には幸せになってほしいの。「だから世界の運命なんてあたしには関係ない。」さて、そろそろ起きないと残さまが心配してると思うから。牙暁が見せていた過去をなぎ払うかのように腕を一文字に振ると全て桜吹雪と紛れて消えた。「未来は一つ。わかっていても願いは止められない。」去り際に振り返ると牙暁は「天の龍の神威が愛した少女の最後の言葉です。」と桜吹雪も消えた暗闇が突然海の景色に変わる。これは、北都ちゃんが見ていた夢と同じ場所。其処に浮かぶ翼の生えた天の龍の神威が愛した女性、小鳥さんの最後の言葉。"未来はまだ、決まってない"目を見開くあたしを見て牙暁は「貴女はこれを信じますか?」とまっすぐな瞳を向けて問う。「・・・信じたい。」「最悪の終末を迎えないように。」力なく笑うとあたしは牙暁の夢から去った。目を開けると先ほどと変わらないティーパーティーの為にセットされたテーブルの前で、残さまの肩に身体を預けていたままだった。違ったのは横に居た残さまとテーブルを挟んで向かい合っていた蘇芳さんと玲さんがテーブルに手をついて眠っていた事だけ。先ほど地の龍の夢見に答えた一言をもう一度心で復唱した。"世界の運命なんて関係ない"ついこの間までははっきりと質問されれば目を見てはっきり言えたかもしれないこの質問に少し心が揺らいだのを感じた。果たして本当に今のあたしは昴流だけの幸せを願っているのか。それは自分の心が一番よくわかっていた。天の龍や終末の関係者達と関わりあううちに少しずつ変わり始めたあたしの心境。今までは残さま達しか居なかった自分の世界に一人、また一人と住人が増えていく事で気づいていったこの気持ちに。あたしは心配かけてごめんなさいと心の中で謝るとゆっくりと残さまの肩を揺すった。どうか残さま達が見ていた夢が
幸せでありますように。


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天の龍は比較的年齢層が低い。譲刃ちゃんなんてこの世界の終末の関係者で一番若いんじゃないか。そこで残さまの手配によって学生組はみんなCLAMP学園に転校する事になった。初登校の日はあたしも知らされてなかったので突然後ろから声をかけられて振り返るとCLAMP学園の制服を着た神威、譲刃ちゃん、嵐さん、そして私服の空汰さんが居てびっくりした。この学園は元々私服登校も許されているので制服を着て登校しなくてもいいのだけれども、制服が可愛いからという理由でほとんどの女生徒は着ている。大きな胸リボンに特徴的な襟、制服としては珍しいパフスリーブ。贔屓目なしに確かに可愛いとは思う。けど自分には可愛らしすぎると思いつつも残さまに似合ってると連呼された以上は着なければと思ってずっと着ている。

今日も仲良く四人で登校している神威達を見つけたので「おはよ、みんな!」と元気よく挨拶すると、譲刃ちゃんが元気よく返事してくれる。「さんもおはようございます!」「ちゃん昨日学校来てなかったらしいなあ?神威が心配しとったでー」「え!?ごめんね、神威・・・」いつの間にか前列に空汰さんと嵐さん、後列に譲刃ちゃんと神威とあたしと言うポジションが決まって校門をくぐって行くと「最近はみんなが学校に居るからちゃんと学校に行くようにしてるんだけどね。昨日は今まで溜め込んでた宿題してて朝方まで起きてたから支度してる途中に寝ちゃった。」あは、と笑う。これは事実。今までは学校に行かなくてもいいと思ってたけれども、神威と偶然では無いと思うけれども同じクラスになって、朝にみんなで挨拶出来る事が嬉しくて、ちゃんと学校に行くようにしている。確かに授業中でも夢を見ている時もあるのであんまり授業中の態度はよろしくないけれども。
「なるほどなあ、ちゃんと宿題するだけマシやで。わいなんか授業聞いててもさっぱりやしなんもできんわー。」と豪快に笑う空汰さん。此処に居るあたしを含めた五人には今まで学校と言う一般常識は通用しない世界に居たのだから、勉強を突然しろと言われてもわかるはずがない。あたしの場合は頭脳明晰な三人の家庭教師が居るのでそれなりにはテストも今まで回避はしてきたけれども。「ま、この学園に居た方が情報が回って来易いから残さまが手配してくれただけだし、成績も残さまがなんとかしてくれるに違いないと思いますよ。」ははははーと笑うあたしに譲刃ちゃんは「さんって結構腹黒ですか?」と言った。「そんなことないよー。」あ、じゃあ此処でお別れだね。それぞれ中等部、高等部に進もうとして神威は先に行ってくれと小鳥さんが眠る場所へと小走りで消えていった。「じゃあ、あたしも今日は先に一昨日がんばった宿題出しに行って来るので、先に行ってください。」まずは中等部に所属してる先生に出しに行って、それから高等部の職員室に行くので。と譲刃ちゃんと同じ方向に進んだ。「空汰さんと嵐さんの邪魔できないもんねー。」きらきらと笑顔を見せるあたしに譲刃ちゃんはさっすがさん!と尊敬された。そして少しだけ聞かせてもらった、譲刃ちゃんの好きなひとの話を。「犬鬼を撫でてもらえたのが嬉しくて、東京に来て良かったって本当に思ってます。」顔を赤らめてそのひとを思い出しているのだろうか、恋する少女の顔を見せた譲刃ちゃんが少し羨ましくなった。あたしには恋とか愛とかそんな生易しい言葉は関係のない物だ、心にそう言い聞かせた。「さんは誰か、好きなひと居ないんですか?」興味深々と言わんばかりの目の輝きに少し戸惑いつつも、いないとだけ答えた。「特別なひとは居ても、好きなひとではないかな。」力なく笑ったあたしに譲刃ちゃんはその後恋愛についての話題は出さなかった。昴流は特別なひと。この世界で誰よりも特別なひと。だけどそれは本当に一般的に言われる恋や愛に入るのかと言われれば違う気がする。自分でも気づいている。昴流に対する執着心は兄弟離れ出来ない子供でしか過ぎないのだと。けれどもあたしには昴流しか居ない。例え昴流が別の人を特別だと思っていても。

中等部の職員室で宿題を渡した後、次に高等部の職員室で各々の先生に宿題や課題を渡し教室に向かうと教室で神威とクラス委員長の瀬川くんが話していた。しばらくして呼び出された瀬川くんは元気よく職員室へと向かって行った。「瀬川くん、いいひとだよね。」神威の肩をぽん、と叩きながら言うとああ、といつもの険しい表情ではない年齢相応の表情を見せた。しばらく神威と話した後自分の席に着くと時計を見てまだ少し始業のチャイムまでは時間があるので眠る事にした。何度見ても未来は変わる事など無いとわかっているのに。

チャイムの音で珍しく目が覚めたと思うと時間を見れば四時間目が始まるチャイムだった。あ、次自習なんだっけと思いどさくさに紛れて教室を出て行く。別に行く宛もなかったけれども夢を見続けた自分には教室の喧騒が耳障りだった。
さわさわと風で葉の重なり合う音に時々聞こえるCLAMP学園内で放し飼いされている鳥のさえずり。建物の壊れる音や悲鳴ばかり見ていたあたしにはとても一瞬の事なのだけれどもとても落ち着く事が出来て、木々の間を静かに一人歩いていた。すると少しだけ、わずかな人数の話し声が聞こえた。この時間帯はまだ他のクラスは授業中だし、大学部はこの辺りだとかなり遠いから大学部の生徒はあまりこの辺りで見かけた事がない。こっそりと葉の影から覗くと其処には見知った顔が二人、仲良く向かい合って勉強会をしていた。その光景はあまりにも現実離れしたようなゆったりとした時間が流れていて、いつも気を張っていなければいけない分、こんな時間も二人には必要だろうと思った。邪魔してはいけないと思ったけれども、神威や昴流の重荷を少しでも減らしたい。あたしはこれから先もこの学園内に居る分には何も不自由しないけれども、神威達は違う。いつ何時また地の龍が動き出すかもしれないし、何かあればすぐに学校どころじゃなくなる。そう思うと元居た方へと方向転換しようとした足をぴたりと止めた。たしかに昴流は頭がいい。けれども彼は高校一年生の時に中退したはず。元々学校にほとんど行けないぐらい忙しい職業柄のもとに居たのに、それもあの男の為だと思うと虫唾が走る。わざと音を立てて草木を掻き分け「何してんの?」と神威と昴流に目線を向ける。テーブルの上に並んだ教科書やノートのコピーを見る限りあたしが苦手な教科ばかりだった。「に聞けばいいよ。」と昴流は自分の横に座るようにあたしを促す。「まあ、確かにあたしは神威と同じ学年だし、同じクラスだから教えるぐらいは出来ると思うんだけど・・・」「だけど?」「数学も英語も苦手なのよね。」よく言うじゃない、教えるって言うのは自分が理解してる以上じゃないと駄目だって。「まず理解できてないからなあ・・・宿題とかならちゃんとやってるんだけど。」ノートは寝てるからとってないんだよ。と促された通りに昴流の横に座ると神威が持っていたノートのコピーを一枚手に取った。「でも頭いいって聞いた。」手に取ったプリントを神威に返すと神威はあたしに言った。そんな事誰から聞いたんだ・・・確かにテストは中の上ぐらいは点数取ってると思うけど。「あ、もしかして瀬川くんに?」こくりと頷く神威を見てあたしは乾いた笑いがこぼれた。「あたしも神威達が転校して来るまでは全然学校行ってなかったの。その間にもずっと残さま達に勉強教えてもらってたからそれなりに取れるだけ。」「でも昴流が居なかったり何かあったらあたしに聞いて。苦手な教科もあるけど教えられる範囲内で答えるから。」日本史ならいつも授業も起きてるしノートも貸せるよ!と力説すると神威はくすりと笑った。「・・・そう、たまには笑わなくちゃ。神威も昴流も。」そう言うとあたしはちらりと見た神威のノートを指差した。神威の苦しそうな表情が和らいだのを見たあたしは嬉しくなって頬が緩みっぱなしのまま「其処計算間違えてるよ。」と先ほど自分が言った言葉をかき消すように実は昴流の横に座った時から気づいていた計算ミスを指摘すると神威は直ぐに消しゴムで消して計算をしなおした。神威はとてもまっすぐ。昴流と同じように。あたしとは違って純粋で歪んでいない。きっとあたしは神威がもっと性質の悪い人間だったら自分から歩み寄ろうと思わなかったと思う。今目の前に居る神威だからこそあたしは神威に手を差し伸べようと思った。昴流以外の誰かの事も幸せになって欲しいと初めて願ったその気持ちだけは決まっている未来とは関係ない自分の
意思だと信じている。


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四時間目のチャイムが鳴るとお昼ごはんを一緒に食べると約束していたらしく瀬川くんが神威を探しに来た。瀬川くんと共に去っていく神威に「今度からは授業中起きてちゃんとノート取っておくね」と言うと振り向いてありがとうと言われた。しばらく神威を見つめながら「・・・神威も随分笑うようになったね。」と昴流を見ると煙草を一本手に取っていた。「神威の前では吸わないくせに。」と冗談めかした悪態をつくと昴流の手からライターを奪い横から火をつける。紫煙をたゆたわせながら「はお昼食べなくていいの?」「んー・・・自習前まで寝ててさ、うるさいから教室出てきたんだよね。だからもう少し此処に居る。」さわさわと葉のこすれあう音が心地よい。寝ても覚めても神経を尖らせている身だからかこんな時間がたまには欲しくなる。「また星ちゃんの事考えてる。」テーブルに伏せながら顔をしかめて昴流を横目で見るとお見通しだね、と昴流は自嘲気味に笑った。「相変わらず自分より星ちゃんなのね。」「どれだけ悲しむかわかっている癖に。」あたしや先代当主であるおばあちゃま、貴方に関わっている全てのひとが。「それでも願いは変わらない、か。」昴流らしいって言えばらしいんだけど。「昴流は昴流の願いのままに動けばいい。でも、」「たまには心の底から笑って?」未来が見えている分昴流には今を後悔しないように生きて欲しい。
どれだけ昴流が願っても、昴流の願いは叶う事はないから。今を、貴方が世界を守る理由を持っている今を生きて欲しい。「には相変わらずお見通しなんだね。」昴流は灰皿の縁に煙草を置いた。「未来は変わる事はない。でもね、ひとつだけあたしの中で変わった事があるの。」何?と昴流は顔を覗き込んでくるとあたしはテーブルから手を離し起き上がるとそのまま椅子から立った。「この世界を守りたいって気持ちがあたしの中で芽生えた事。」「今までこんな地球に興味すら持たなかったのに、今は守りたい。昴流や神威達そして残さま達が居る世界を。」この無意識に芽生えた新たな願いによって、未来が変わるきっかけを生み出すとも知らずに。

(この世に偶然なんかない。あるのは必然だけ。)

「あたしね、今が好きなの。」こうやって昴流と何気なく話しているのが好き。さっきみたいに神威が笑っているのを見てるのが好き。残さま達とお茶をしてるのが好き。天の龍のみんなとご飯を食べてながら談話をするのが好き。
少し前なら気づかなかった。こんなにも自分の周りはあたしを必要としてくれている事を。投げやりに生きていたあたしにも希望が見えたと思ったの。
「眠っていても良い事なんて起きないし、起きていても未来が重なって見えて辛いだけだった。だけど、今は違う。」「あたしを変えてくれたみんなの力になりたい。」
昴流をじっと見つめると、少し驚いた表情を見せた。自分でもこんな気持ちを持つなんて思っても居なかったから。昴流は少し微笑んで頭を撫でてくれた。

またこの夢か。眉をしかめてもう何度見たかわからない未来を見つめる。
時期に昴流は片目を失う。頻繁に見るのだからきっと近い未来なのだろう。あたしはまた未来が見えているのに何もできない。ギリ、と奥歯をならし、もう一人の神威と昴流の未来をかき消した。
みんなの力になりたいなんて思ってみても、結局はあたしはあたしでしかなく、夢見は
夢見のまま、何も出来ない。


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しばらく動きを見せなかった地の龍達が動き始めた。もちろん夢で見ただけだが、この場面を何度見ただろうか。
放課後に残さまから勉強を教えてもらった後晩御飯までの間に教えてもらった範囲の宿題をやろうと思って部屋に戻ると突然睡魔に襲われ、今に至る。
自分の夢の中から池袋の様子を眺める。神威と昴流、そして地の龍の神威と地の龍の一人。駄目だ。もう見ていられない。ぎゅ、と目を瞑れば生々しい音が鼓膜を刺激する。
目を瞑って、耳を塞いで、しゃがみこんでも夢の中で見た現実は現実でしかなくて。サンシャインの崩壊する音と共に夢から目覚めた。
のそりと起きて部屋を見回しても、まるで何もなかったかのように時間は流れていた。あれが夢なら、ただの夢ならいいのに。扉の向こうで足音が騒がしくなって、昴流のこと、神威のことがこの学園にも知らせが入ったんだと思った。

あの日からどれぐらいの日にちが経ったのかはわからない。ただ現実を見たくないだけだろうと言われればそうかもしれない。学校に行っても眠るだけ、ほとんどの生活を夢を見る事だけに専念していた。きっと残さま達はあたしを心配していたんだと思う。少しでもこの先の結末を変えたくて何か手立ては無いかと見続けた。大好きなひと時である残さま達とのお茶会も、日本史の授業も、大切な時間全てを犠牲にして。(やっぱりあたしは昴流に悲しい顔をしてほしくないんだよ、)誰に伝えるわけでもなく心の中でつぶやいた。
数日ぶりに見た昴流には最後に逢ったときにはない右目の包帯がそこにあった。あの池袋の時から昴流の夢には入ることが出来なかった。昴流の心だけでなく右目も持って行ってしまった彼が頭によぎるたびに臆病になってしまったから。「すばる。」夢の中の彼に声をかけるとゆっくりと振り返った。
あたしは昴流に近寄ると右目の包帯に手を伸ばした。「・・・これも昴流が望んだことなの?」あたしを見る昴流の目が揺れた。「ごめん」そんな言葉が聞きたいわけじゃない。「にはいつも悲しませてばかりだね。」昴流の包帯に伸ばしていた手に昴流がそっと手を添える。苦しい。昴流に今こんな表情をさせてしまっているのは紛れもない自分。あたしが昴流を思う事で、昴流は苦しんでしまう。眉間にぐ、と力がこもる。「あたしを悲しませるのが昴流なら、昴流を悲しませているのはあたしだね。」そうやっていつも悲しそうに笑う。誰が悲しんでも昴流は願う事をやめない。自分の望みを。誰もが幸せになれる未来なんてない。わかっていてもやめられない。勿論あたしも。
「目、見えないの?」
  「うん。」 
「昴流は神威の事、凄く大切にしてる。」
  「・・・似てるから。」 
「神威の事、大切に思ってもやっぱり望む事はやめないんだ。」
  「・・・」
本当は望む事を昴流がやめてくれたならば、未来が変わるかもしれない。でもやめると言ってやめられる願いではないのはあたしだってわかっている。だから止められない。
「悲しい顔しないで。わかってるから。」「昴流には、笑って欲しい。」昴流が心の底から笑ってくれる日が来る事がない事はわかっている。けれどもあたしだって願ってやまない。昴流の
幸せを。


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あたしの『見』える範囲では何も変わらない生活が続いている。けれども『視』える範囲では突然全てが動き始めたかのように変化が続いている。
昴流の右目に、砕軌さんの死、譲刃ちゃんの犬鬼が消え、神威がまた大怪我を負ってしまった。
神威がCLAMP学園に運ばれて来るのを夢で見ていたので慌てて残さまに連絡をした。CLAMP学園は比較的他の場所より安全で、学園内に病院も隣接している為に施設に不便もないし、あらかじめ怪我人がやってくると伝えたためにスムーズに事は進み、緊急治療室に駆けつけた時は既に神威は手術中だった。
「譲刃ちゃんが行方不明になってもうた。」「・・・」あたしが俯くと、「やっぱりその様子じゃ知っとったみたいやな。」と空汰さんは苦笑した。ごめんなさい。謝る必要はないと言われてもやはりわかっていても伝えられない事が悔しかった。
赤いランプが消えるのをただじっと待っていると息を切らして向かってくる昴流が見えた。夢で一度逢ったとは言え、いざその包帯を見れば包帯にかすかに残った赤い痕が桜の花びらのようで眉根をひそめた。

その日神威の手当てが終わり、部屋に運ばれた。昴流は神威の元を離れなかった。神威が昴流が運ばれた時、離れなかったように。
あたしは部屋に入る勇気がなくて、ただ部屋の外で扉にもたれかかって神威が目覚めるのを待っていた。確実に未来は予定調和を崩す事なく進んでいる。小鳥さんの言葉を信じたいと何処かで願っていたのに、現実はやはりみた通りに進んでいた。
夢見は夢に未来を、現在を、過去を視る。それは夢を見るために犠牲を払っている。あたしのような人間には自分の未来や他の夢見の未来は見えない。全てを犠牲にして夢を見る丁さんや地の龍の牙暁のように全てが見えるわけじゃないから。あたしの場合はこの学園内なら干渉する範囲ではないわけで、CLAMP学園といえば学園内にさまざまな施設が存在し、一つの街のような場所である。なのでこの区間内では自由に出来るあたしはあくまで神剣を守るのが本職。神剣を守るために必要な力として夢見の力が存在しているだけ。
だから知らなかった。丁さんの事を。

神威は目覚めるとすぐに丁さんに逢うために眠った。丁さんに砕軌さんの事を謝りたいとのこと。
神威は優しい。昴流の時といい、彼は目の前で人が居なくなるのをもう見ていられないのだ。故に少し自己犠牲の癖がある気がする。・・・昴流と神威は本当によく似ている。
あたしは神威が眠りに付いたのを見て、部屋に戻って夢を見ようとすると嵐さんに「何処に行かれるのですか?」と聞かれた。「神威も目を覚ましたので部屋に戻ろうかと。」「・・・これ以上みんなが辛くならないように、少しでも未来を変えたい。」運命なんて言葉で、辛い思いをして欲しくない。今まで望みは一つであるべきだと思っていた気づかないうちに新しい望みが一つ出来た。何よりも望む事に等しい、強い願い。もう暗い顔はせず、前を向きたい。みんなのほうがもっと辛いのに。
「そう思ってるなら、神威が目を覚ますまで待ってあげて。」「せやで、起きたらちゃん居らんとなると神威もまた心配するで。」
また?と近くに居た昴流を見上げる。「も直ぐに他人の痛みを自分のものにしてしまうから。」「一人になると考えてしまう事が多いと思います。たまには神威の為、私達の為だと思って抱え込まないで下さい。」残さま達とは違う暖かさに嵐さんに繋がれた手を離す事が出来ず、ただ頷いて神威の目覚めを待った。

数日して神威が学校に行くというので一緒に明日は登校しようね、と約束をして神威の居る部屋から出た。
その日の夜、丁さんに夢で逢ってあたしはそのまま夢見の力と、この世界と突然の
別れを告げられた。