/05/

はっと目が覚めるとぐにゃりと世界が歪んでいるような、高麗国から次の世界に移動したんだろうか。まだおぼろげにしか働かない頭に手をあてる。「あ、起きた?」頭上から聞こえる声に導かれるように目線を上にあげると、ファイさんのへにゃりとした笑顔が視界に広がった。思ったより近い距離にひゃ!と声をあげて肩を揺らしたあたしは、ファイさんに抱きかかえられている事に気づいて慌てて謝りながら降りようとするが、ファイさんは「次の世界に移動するまでは大人しく抱っこされてね。」一人だけはぐれたら困るでしょ?と笑顔、ではなく真剣な表情で言った。「すみません・・・暴れちゃって・・・」冷静になったあたしは大人しくちょこんとファイさんに抱えてもらう事にした。恥ずかしさがこみ上げて来てきっと今のあたしの顔は真っ赤だと思う。自分が男の人に耐性が無いのがよくわかる。世界を移動するほんの少しの時間なのに、やけに長く感じた。

次の世界に着いてすぐに物凄い勢いでファイさんに謝って降ろしてもらった。本当に何度もすみません、役に立てない自分に腹が立つ。ぐっ、と拳を握り締めるとファイさんはその手を無理矢理開かせた。驚いて顔をあげてもファイさんはただへにゃりと笑っているだけだった。
モコナが湖の中から強い力を感じたので、サクラちゃんが探しにいこうとするけれども、高麗国でずっとがんばって起きていたサクラちゃんはそのままパタリと寝てしまった。サクラちゃんが眠っている間に辺りを探索しようと言う事になったので、あたしはファイさんと黒鋼さんについて行くことにした。黒鋼さんとファイさん、モコナに待ってろと言われたけれども、高麗国でも途中で倒れてしまって迷惑ばっかりかけているので、とりあえず自分が出来ることだけでもしたいと思ったので、頑なに行くと言い続けたら黒鋼さんが折れてくれて、無事について行っても良いことになった。

急に黒鋼さんの肩に乗っていたモコナがあたしの肩にぴょん、と移動してきた。「ねえ、。」「なあに?」「さっき急に倒れたって黒鋼から聞いたよ。何かあったの?」・・・それはあたしが聞きたいほどだよ。「わからない。一人足りなかったの。もう一人。七人のうちあと一人が思い出せなくて。そしたら急に頭が割れそうなぐらい激痛が走ったの。」「何にも役に立てないし、結局足引っ張っちゃってごめんなさい・・・」項垂れるあたしにモコナはそんなこと無いよ!と頬を摺り寄せてくる。「きっとちゃんが次元を渡る時に対価にした記憶が関わってるんじゃないかなー?」ファイさんは振り返って斜め後ろを歩いているあたしを見た。「きっとそうだと思う。でも侑子言ってた。の対価は既に半分払われてるって。だからその記憶は思い出せるって。」だから、無理に思い出そうとしないで、と涙を溜めて言うモコナにあたしはただありがとうとしか言えなくて、もっと他に表せる言葉を探したけれど見つからなかった。

「霧、濃くなってきたねぇ」「うん、暗いね」「(・・・ね?黒鋼さんが?)」「かなり遠くまで来たけど誰にも逢わないねぇ」「こわいな、こわいな」「(そんなキャラだっけ?)」「大丈夫だよ、側に居るから」「黒鋼うれしい!」「ぶっ!!!!(あ、やばい笑っちゃった・・・!!)」「誰が黒鋼だ!お前はモコナだろうが!!」

モコナ声マネ上手だねえ、とファイさんとモコナの周りには独特のほわほわした雰囲気が漂う。黒鋼さんはすごい勢いで怒鳴っているけれども。あたしはと言うと最後の黒鋼さん(の真似をしたモコナ)があまりにも笑いのツボにヒットしてしまい、お腹を抱えながら声も出せないほど笑っている。「お前もいつまでも笑ってるんじゃねえよ!」と黒鋼さんは少し恥ずかしそうにあたしに怒った。おなか、いたい・・・!その刹那背後からまぶしいほどの光の柱が立ち、振り返ると湖が光っていた。それを見てさっきまでの此処最近ではありえなかったほどの笑いも何処かにふっとんでしまった。

結局光の柱も、強い力も湖の中にある街を照らしていた魚が源で、羽根はこの世界には無かった。湖から魚のウロコを持って岸に上がってきて、モコナの迫真の演技に顔をしかめた小狼くんにファイさんは悲しそうに笑いながら言う。「辛いことはね、いつも考えなくていいんだよ。忘れようとしたって忘れられないんだから。」あたしはファイさんが一番辛いことを抱えてる気がして胸が苦しくなった。「あ、ちゃんもだよぉ」付け足しで自分に告げたファイさんは悲しそうな雰囲気なんてもう無くて、いつものへにゃりとした笑顔だった。
自分だって辛いくせに。なんて言えるわけも無く、あたしはただファイさんを見つめるしか出来なかった。(あの笑い方誰かに
てる、気がする。)・・・だれ?


/06/

次に来た世界はまるでヨーロッパの童話に出てきそうな町並みが並んでいた。サクラちゃんの強運のおかげで食べ逃げもしなくてすんだし、この世界の服も無事に手に入れることが出来た。こういう服って一度着てみたかったんだよね。古ぼけた服屋の試着室にあった鏡を見ながらくるりとまわる。ふわりと広がるスカートに、ひらひらと靡く大きな背中についたリボン。少しきつめのコルセットがまた中世のヨーロッパみたいでお洒落だと思う。自分の世界に帰ったら日本史と東洋史だけじゃなくて次は世界史にももっと手を伸ばして見よう、と暢気な事が一瞬頭をよぎった。帰れるのかな。もし帰れたとしても、そんな暢気な事言ってられるのかな。そんな不安を振り払うかのように頭をふるふると左右に振ると、ちらりと鏡を見た。・・・確かにこの服は可愛いけれども、日本人顔の自分にはとても似合わない服装だな、ともう一度鏡を見て思った。顔を極力出さないようにしたい、と店員さんに言うとボンネットを出してきてくれたので、それも一緒に買うことにした。店から出るとファイさんとモコナに「それ被らないほうがいいのにー」「ねー」とボンネットを取られそうになるも、あわてて取り返した。サクラちゃんも似合ってますから、とは言ってくれるものの自信がない(サクラちゃんはかわいいから似合うんだよ!)どれだけ取られそうになっても何が何でもはずそうとはしなかった。

この世界の主な移動手段は馬らしく、流石に馬は一人一匹も買う余裕が無かった。経費削減として小狼くんとサクラちゃん、黒鋼さんとモコナ、そしてファイさんとあたしのペアになる事になった。実際は経費削減もあるけれども残念ながら自分の世界では馬はほとんど乗ることなんてなかったから乗れないので乗せてもらわなければならないという事情もあったりする。

ケロっとした表情で当たり前のように小狼くんの前に乗っているサクラちゃんはすごい。あたしには恥ずかしくて到底出来ない。
事実今もファイさんはサクラちゃんみたいに乗るように言ってくれたが、恥ずかしくて無理だから、と言ってファイさんの後ろに乗っている。しっかり掴まってね、腰に手を回していいからと言われても恥ずかしくてファイさんの上着を握っている状態である。今でも十分爆発しそうなぐらい恥ずかしい。穴が無いのならば掘ってでも入りたいぐらい恥ずかしい。
そんなあたしだけ大ピンチな状況で北に進んで行くと街にたどり着いた。多分さっき見た看板は街の名前に違いないと思う。
街に入ると子供が一人外に出ていたので小狼くんがさっきの街で聞いたこの地方に伝わるお話に出てくる金髪のお姫様について聞こうとするが、猟銃を持ったひと達に囲まれた。その中の一人があたし達を見て「お前たち、何者だ。」と言うとすかさず小狼くんが答える。何のために調べているのかと聞かれてもしらっとした表情で「本を書いてるんです。」と言った。
そして本を書いている作家さんはファイさんだと言うとファイさんも、「そうなんですー」「その子が俺の妹で、その子が助手で、こっちが使用人。」そして、と続けるファイさんは後ろに居たあたしの腰に急に手を回すので思っても居ずバランスを崩しかけてひゃ、と驚いた声を出すけれどもファイさんは気にしてる様子もなく「彼女が俺のお嫁さんでーす。」といつものへにゃりとした笑顔で言う。ファイさんの言葉と行動にあたしの思考回路は一時停止。特にキャパシティーを大幅に超えたその言葉をワンテンポ遅れつつも言葉の意味を理解した今、あたしの顔は茹蛸のように赤いに違いない。「あ、ちなみに彼女も助手君と一緒によく調べ物してくれてるんですよー。」まったく警戒心を解こうともしないあたし達を囲んでいるひと達とあたし達の間にやめなさい、と声を荒げながら男の人が入ってきた。その人のおかげで無事にこの街にしばらく泊めてもらえるようになり、この街で最近起きている子供が消えるという
について話してもらった。


/07/

サクラちゃんが金髪のお姫様を見たと証言して、金髪のお姫様について詳しく知るために町長さんから歴史書を借りに行った。小狼くんの前を見なくても馬を操れるのに若干感動したのは一日経った今でも忘れられない。そしてこの国、いや世界に来てから二日目。サクラちゃんも子供たちと一緒に居なくなってしまった。街のひと達と共に探しても何処にも居ない。何かが引っかかっていたと思われる小狼くんに従って城の前を流れている川の上流に行って川の水をせき止める事が出来る装置を探したり、小狼くんが不審に思っていた事を順に並べていくと、カイル先生が犯人だったと言うことがわかった。あんなやさしそうな顔をして、よくもまあ平気にひとを騙せるなあ。(まるで、あの人のようだ)自分がまだ十にも満たしていなかっただろうか。東京で逢った桜を纏った獣医を思い出す。せいちゃん。あの人が居なければ――は、・・・誰のこと?この間も感じた頭痛に一瞬立ちくらみがしたけれども、すぐに治まった。
逃げたカイル先生を追ってあたし達も川を飛び越えて城の中に入る。途中から足跡を消して逃げるなんて相当悪事を働いてきたんじゃないか、と思わせるほどに巧みな手を使ってくる。子供たちと思われるたくさんある小さな足跡をたどってたどり着いた先には足枷を引っ張られてこけてしまったサクラちゃんと、サクラちゃんの首にナイフを突きつけるカイル先生と、金髪のお姫様。でもこの金髪のお姫様もといエメロード姫は他の人には視えてないのかもしれない、サクラちゃんを除いては。間違った伝説を正すようにサクラちゃんはエメロード姫の言葉を復唱する。エメロード姫の子供を思いやる気持ちに胸が痛い。あたしは無意識に前に居たファイさんの上着を掴んでいた。エメロード姫の姿が視えないカイル先生は苛立ちを爆発させサクラちゃんにナイフを振りかざすが小狼くんが間一髪で庇った。けれども全てをかわし切れずに肩を怪我してしまった。刹那せき止めていた川の水が城に流れ始めた。それでもなお羽根に執念を持つカイル先生を見た小狼くんはあたしや黒鋼さん、ファイさん、そしてグロサムさん達に子供達を外に連れ出すように言った。ひょいと子供を数人抱えると黒鋼さんはファイさんとあたしに行くぞ、と言った。それを合図にあたしも2,3人ほどなら抱えられると思って子供を抱えようとすると「まだ仲間が居るんだぞ。」と肩を掴まれた。普通助けようとするのかもしれない。けれどもあたしが此処で小狼くんを追いかけても足を引っ張るだけだし、それに「あたし達は、彼らを信じてますから。」答えながらあたしは二人を抱え、一人と手を繋いで走り出した。

羽根を取り戻して眠ってしまったサクラちゃんの寝て居るベッドの側でカイル先生について話をした。小狼くんの話によるとやっぱりサクラちゃんは『人ならざるモノ』が視えるそうだ。小狼くんも、黒鋼さんもファイさんも、それにモコナも見えないそうだ。「で、ちゃんは?」急に話を振られて顔を上げると一番近くに居たファイさんとモコナ、そして黒鋼さんと小狼くんの目線があたしに向いていた。「ちゃんは、視えてるみたいだったけど?」無意識だったと思うけど誰も居ないところ見ながら俺の服握ってたよー、と言いながらへにゃりと笑うファイさんを見て、見てないようで見てるひとだ、と息をついた。きっと隠しててもばれるだろうし、隠す必要もないと思ったので言った。「・・・視えてました。」「ちゃんの国ではみんな?」「いえ、あたしの生まれた家が特別で。霊を祓ったり、成仏させたりするのが家業だったので。」と言うと黒鋼さんが「霊能者って奴か。」と腕を組みながら言った。「そんなところです。」ついこの間までは夢で未来も見えたんだけども。ある日突然なくなってしまった夢を見る力。それのせいであたしは決まっていた未来を変革する可能性を持ってしまい、未来を変えまいとするもう一人の丁さんに侑子さんの元に飛ばされた。
「そういえば、阪神共和国でそれぞれどんな経緯で次元の魔女のところに来たのか聞いたんですけど、そのときさんは居なかったので聞いてなかったのですが聞いてもいいですか?」控えめに聞いてくる小狼くんに、あたしは頷いた。そして
始めた。


/08/

「その未来が見えるお姫様に逢いに行ったらいつもお姫様とは別のもうひとつの人格が居て。その人に『未来を変えさせないため』に未来が見えた時と同じように干渉をさせないために侑子さんのところに飛ばされたって言うわけ。」話長くてごめんね。とあたしが笑う。「あ、そんな暗くならないで。・・・あたしに未来を変えるなんて重たすぎたしね。」夢で未来を見えても、自分には止められない。あたしはCLAMP学園の中心で眠っているから。「あたしは、あの人さえ幸せになってくれれば。」・・・あの人って?また思い出せない。最近特に頭をよぎる、誰か。そのたびに頭が割れそうなぐらいに痛くなる。頭を抱えながら唸るあたしにファイさんがあたしの背中をさすってくれて、モコナが心配そうに見つめる。しばらくして治まると、モコナは「の記憶、思い出しかけてるんだよ。」といつになく真剣な雰囲気を放ちながら言った。確かに最近誰かの事を思い出そうとするたびに痛くなる。

サクラちゃんが目を覚ました後、エメロード姫にお礼が言いたいと言うので探しに行くが、この辺にもうエメロード姫の気配はない。モコナや黒鋼さんの言うとおり、成仏したんだと思う。悲しそうに項垂れるサクラちゃんを他所に、モコナは次の世界へと移動をはじめた。

次に落ちた世界の服装があまりにあたしのツボを抑えすぎて居てみてるだけで眼福だった。通りかかる人を見ているだけで幸せになれる、そんな世界今まであっただろうか。「おーいちゃーん!置いて行っちゃうよー」とファイさんの声がしてようやく意識を戻して小狼くん達の後を追いかけた。「随分とうれしそうだよねえ。」「はい!この世界の服装、あたしの居た世界で昔着てた服に似てるんです!!」すっごい可愛いです!と力強く言うあたしにモコナは「うれしそう!流石歴史ヲタクだね!」とあたしの肩に乗ってくる。ヲタクとはなんだ、と言い返そうと思ったけれどもあながち間違ってないし、それに小狼くん達には意味が通じてなさそうなので言い返すのをやめた。
市役所で住民登録と服をお金に換金してもらい、家も貸してもらえたのでその家に早速行くと、「きゃ、きゃわゆい・・・!」またしてもレトロモダンな家にあたしの目は輝く一方だった。しばらくの滞在になるとは言え、こんなきゃわゆい家に住めるなんて!と思っていた矢先に招かれざる客が現れた。人ならざるモノ。でもこれは霊ではない、気配が違う。小狼くんが蹴りを食らわせるとその人ならざるモノは消え、レトロで可愛い家には静寂と壊れた家の破片のみが残った。

次の日ファイさんと小狼くんは市役所に、あたしと黒鋼さんはサクラちゃんとお留守番をすることになった。ソファで眠るサクラちゃんの顔にかかった髪の毛を退けると、サクラちゃんはいい子だなあ、と思った。小狼くんも。あの二人の心の強さは、誰かに似ている。あたしが思い出せないあの人。
考えると頭が痛くなるので出来るだけ考えないようにしながらも少し頭がくらりとした。自分の身体を支えきれずにふら、とスローモーションで倒れていく。あ、ぶつかる。そう覚悟していたら誰かに支えられたのがわかった。「また頭痛か。」黒鋼さんはあたしの身体を地面と垂直になるように体勢を戻してくれると、ジェイド国の時に話した事を気にしている素振りであたしを見ていた。「・・・すみません。いつもふらふら倒れちゃって。」「それも対価のひとつなんだろ。」・・・そういわれてみれば、そうなのかもしれない。この痛みも含めて一時的に無くなる誰かの記憶なのかもしれない。「お前の世界でも夢見は居たんだな。」「ええ。もちろん数えるほどの人間しか居ませんが。」「家業が霊能者だとか言ってたな。」そう言って黒鋼さんはサクラちゃんの寝ているソファの側に座り、あたしも失礼します、と黒鋼さんの横に座らせてもらった。
「うちの家は分家でほとんど力を持ってない家系だったんですけどね。あたしは決まっていた運命があったから、本家に住まわせてもらってたんです。」だから、よくお祓いとかもしてました。「黒鋼さんの所にも夢見とかそんな霊的な物があったんですよね?」「ああ。俺が使えていた姫も夢見だった。」なるほど。やはり日本という名前がついていた世界だけあってか、共通点は多い。すわのくに(漢字はあたしの居た世界と一緒かまではわからない)とか帝とか少しだけ黒鋼さんの居た世界の話を聞かせてもらって、黒鋼さんの居た世界は少し特殊、と言うよりは少し昔の日本と言うイメージを持った。

黒鋼さんとしばらく話をしていたらファイさんと小狼くんが帰ってきた。同じ日本と言う世界なのに違う事にも驚いたし、共通点も多い事から話はすごく盛り上がって、黒鋼さんの居た世界では主に漢文に近いものを使っているのがわかって、黒鋼さんとならモコナが居なくなっても言葉が通じると思う。そんなあたしと黒鋼さんを見てファイさんは「あー黒たんだけずーるーいー!」俺もー!と後ろから抱きつかれてあたしは声も出せずにカチンコチンに固まってしまった。「おい、そろそろ離さねえとそいつ血が昇って倒れるぞ。」黒鋼さんが真っ赤になって固まっているあたしを見て言うけれどもあたしの思考回路はストップしてしまい、右から左に言葉が流れていく。「ちゃんって反応新鮮だよねー。かっわいー!」するりとファイさんの腕が離れると我に返り「すみません・・・えっとあたし前居た世界では男性と関わる事があんまりなくて、その・・・免疫ないんです。」恥ずかしさから声が小さくなる。だろうねえ、と言うファイさんの声も今のあたしには届いてない。あたしの居た世界ではこんなにフレンドリーな人居なかったから、やはり何度やられても慣れない・・・残さまの場合、あの人は常にフェミニストだったから。その後もう一度黒鋼さんに説明しようとしたファイさんが無視されたから慰めてくれと言って抱きついてきた時は死んでしまうかと思った。本当は関わりが無かっただけではない。少女はいつまでも
純潔で居なくてはいけないからなのだけれど、それは言ってもわからないかもしれないので言わなかった。


/09/

ファイさんと小狼くんは鬼児の事、そしてこの家でカフェをすれば鬼児の情報も掴めると言う事でカフェをするための準備をするための道具も買ってきたらしいのでサクラちゃんが起きるまでに少しでも準備をしようと言う事になった。その前に、と言って渡されたのはこの国の服。「サクラちゃんとおそろいにしようと思ったんだけど、ちゃんの方が大人っぽい?奴選んで来たよー。」ファイさんに手渡されたのは振袖。・・・大人っぽい?振袖で?サクラちゃんのはこっち、と指差したのは大正時代を思わせるような袴。色もピンクで確かにこの振袖の方が大人しい。ありがとうございます、と受け取ると二階で着替えておいでと言われたので階段をぱたぱたとあがって手際よく着替えた。京都に居た時もよく北都ちゃんに教えてもらって着てたなあ。久しぶりに着る着物はジェイド国の時の服装よりよっぽど日本人顔の自分には似合っていた。振袖と一緒に手渡されていたエプロンをつけて出来るだけこの服装に似合うように、と髪の毛をお団子にしてヘッドドレスをつけてすぐに一階に降りるとファイさんがウエイター、黒鋼さんが袴、小狼くんが学生服を着ていた。桜都国の服装はやはりあたしの好み以外の何者でもなかった、「・・・皆さん本当に何着ても似合ってますねえ!」レトロだあああああ!思わず我を忘れて小狼くんに飛びついた。やばい大正レトロだ。眼福すぎてむしろ目に毒だ。あたし正常に動ける気がしない。「あの、さん。」と言われてようやく自分が何をしているか理解して慌てて小狼くんから離れた。「あわわわわごめんなさい・・・ホントにこの桜都国の服装が好みで・・・あたしが調べてた時代じゃないんだけど、その頃の文化がすごく好きで・・・ご、ごめんなさい。」いや、俺は大丈夫なんですが、と言う小狼くんにもう一度謝ると、「どうでもいいが着崩れてるぞ。」小狼くんから慌てて離れたせいか、少し崩れた胸元を黒鋼さんが慣れた手つきで直してくれた。「お父さんみたいですね、黒鋼さん。」ありがとうございますと黒鋼さんに言うと、キッチンに居るファイさんに手伝う事はないかと聞いた。「じゃあこの瓶とか並べてくれる?」ダンボールの中に入っている調味料に使う物と思われる瓶や袋を指差しながらファイさんは目線だけをあたしに移動させてお茶を淹れていた(困った、あのポットすらもレトロで可愛いぞ。)ファイさんに言われた通りにダンボールに入った瓶をキッチンの奥にある戸棚に移動させ始めた。

しばらくしてサクラちゃんが目を覚ました。ファイさんが「黒るんのとちゃんのはどう着るかさっぱりわかんなかったよー。」二人ともさっさと着ちゃって、すごいー。「お二人の国ではそんな服装だったんですか?」「まあ、近い感じではあるな。」「んーあたしの場合は、職業柄?かな。」よく見ると黒鋼さんはただの袴じゃなく、俗に言う書生がよく着ているような中にブラウスを着ている服装だった。下駄なのがまたいい。(これで黒鋼さんが本とか持ってたら最高なのに)なんて邪な目で黒鋼さんを見てたなんて口が裂けても言えない。ちなみに小狼くんはやっぱり外套だよね、とも思ったけれどもちろん内緒だ。「じゃ、着替えに行こうか。」とサクラちゃんにファイさんは服の入った袋を渡した。「あ、じゃああたし手伝うね。」とサクラちゃんの後ろをついていった。
テキパキとサクラちゃんの袴を着付けているとサクラちゃんは「すごいですね。」と言った。「そんなことないよ。さっきも言ったけど職業柄ね、どうしても着なきゃいけない時もあったから。」式服とか、正装しなきゃいけない時とか。言ってもきっとわからないと思うので口には出さなかったが、実際に京都の皇本家ではいつも着物だったのが今になって役立つとは自分でも思ってもいなかった。
「エプロンつけるから横で括っておくねー。」「はい、ありがとうございます。」着付けも終わって編み上げのブーツを履いたサクラちゃんは何処のはいからさんだとでも言うほど可愛い。「じゃあ、後はそのエプロンつけたら終わりだから、あたし先に向こう行ってるね」部屋を出てリビングだった場所に戻ると男性陣に「サクラちゃん超かわいいですから!」と拳を作った。

ファイさんがあたし達の名前を「おっきいワンコ」と「ちっこいワンコ」の鬼児狩りコンビと、「おっきいニャンコ」と「ちゅうくらいニャンコ」と「ちっこいニャンコ」のカフェトリオでワンコとニャンコにしたのにも驚いたけれども、それ以上に鬼児狩りのために外に出た小狼くんと黒鋼さんが連れて帰ってきたお客さんを見たときに思わず持っていたカップを落として割ってしまった。「あ、ごめんなさい・・・」譲刃ちゃんと、夢で見た事がある地の龍だ。草薙さんだったかな、譲刃ちゃんはあの人の事が好きだった気がする。・・・いつだって幸せになれないのがあたしの世界のひと達なんだけれども。(願いが叶うと終わってしまう、)幸せ
動揺して割れたカップの縁で手を切ってしまった。がくがくと手が震えている。向こうからすればまったく自分は知らないひとだとわかっていても、幸せそうな顔を見るだけで胸が苦しくなる。手が震えて破片を拾うのに手間取っていたあたしに、「俺が拾うからいいよ。」とファイさんが横から手伝ってくれた。ごめんなさい、腰が抜けてへたり込んでしまったあたしは小さな声で言うとファイさんはカップで切れた方の手を掴んであたしの指を口に含んだ。あたしはひゃ、と思わず声を漏らした。しばらくしてあたしの手を掴んだままファイさんは口元から指を離すと「破片指に入ってたよー。」といつものへにゃりとした笑顔を見せた。上ずった声でありがとうございましたと言ってそっぽを向くけれども、心臓はどきどきをうるさいままで落ち着かせる為に瞼を閉じてみてもファイさんの事ばかりを
考えてしまう。