きんぐだむ//つめこみ

「おい、いつまでも部屋に篭って泣くな。」
「…。」
「…。」
「…。」
暗い部屋、一人きり、隅っこ。  悲しい。

私の後ろ盾をしてくれていたひとはもう居ない。
私はこの一族の、外れ者。

「…放って置いてください。」
「仕方ないでしょ、わたしはお荷物なんだもん…」

周の武王の時代より男女の契りは同族にあらず。

大好きだったこの一族の分家の長にあたるひとはもう居なくて。
目の前には私を疎む本家の嫡子。

あのひとが嫌いなのか、いや、私が嫌いなのであろう。
彼はいつも私を眉間に皺を寄せて見ていたのだから。

「…。」
今度は彼が黙る番。

はやく、かえりたい。ポツリと私は呟いて膝に顔をうずめた。

後ろから腕を掴まれて無理矢理立たされた。
びっくりして後ろを振り返ると王賁…さまが居た。

「いい加減にしろ。」
「分家の…死んだ男のことなんて忘れろ。」

「お前はもう王家嫡子の正妻候補だろう。」

彼の言葉に私の目は大きく見開いた。そんなの、聞いてない。
掴まれた腕を引き寄せられて王賁さまの胸元に飛び込んだ。
均衡を崩した私を片手で支えてくださった王賁さまの顔をそっと見上げる。

いつもより少し目元が優しい王賁さまに、涙がじわりと出た。

「私に、居場所を与えてくださるのですか?」
「…王賁さま。」

後姿しか見えなかった、ずっとずっとお慕いしていたひと。

(王賁)


「あらぁ?蒙恬ちゃんじゃなァい?」
「ゲ。」
「何よ、ゲって、ゲって!」
ん?お隣の子はだァれ?

俺の隣に居るを見てその人は言った。 は控えめな性格で俺の一歩後ろを歩くのが常だ。
その上自分に自信が無いらしく、いつも俯いているのが更に控えめなのを助長している。 まあ、それが新鮮で可愛いんだけど。

ちらりとを見ればその人を見て少し怯えていた。
と正反対のぐいぐいと自分を推す性格のうえに物怖じしない彼女は珍しそうにを覗き込んでいた。

「やだぁ、可愛い女の子連れてるじゃなァい?」
するりと俺の腕に自らの腕を絡ませるのを見ては目を見開いて驚き、赤面して腕からそっと目を逸らした。
その可愛い反応に頬が緩むのがわかる。横に居る彼女も俺を見てニヤニヤ笑っていた。

「お名前はぁ?」「…です。」
「可愛いわねぇ、蒙恬ちゃんが大切にしてるのもわかるわぁ。」
「ふふふ、そろそろ行かなきゃ〜。」
じゃァね?と後ろ手にヒラヒラと手を揺らすその人に手を振る。
の方を見ると俯いて唇と噛んでいた。

?」
きゅ、とに手を伸ばそうとした右手の裾を握られる。
顔を上げたの目が涙目で、あの人に嫉妬していたりしたら嬉しいなぁ。不覚にもそう思う。
「…嫉妬した?」今にも泣き出しそうなの頭を撫でるとの方から身を寄せる。
普段のとは違う少し大胆なに驚くが、やはり嬉しさが勝っていた。緩みそうになる顔を堪えるので精一杯。

「本当に何もないから大丈夫だってー。」
何も言わず顔を上げて俺の話を聞くを見て続けて言う。
「…だって、姉上だし。」
ぎょっとするを見てハハハ、だよねーと同意する。
「今は昌平君先生の手伝いをしてるんだってさ。」
自分の早とちりだと恥ずかしそうに顔を赤らめるを見て、「ああ、もう、かわいいなあ。」とを引き寄せる。

束の間の平穏ではあるが、と過ごす幸せをかみ締める。
家柄や、地位のしがらみがないとの時間が穏やかで、とても心地が良かった。

(蒙恬)


おかえりなさい、李牧。
彼女の声は広い屋敷に凛と広がったのはつい数日前だった。

「久しぶりに帰って来たと思ったらもう行ってしまうのね。」
「ええ、また大きな戦になりそうなので。」

屋敷を出る間際に彼女は李牧、と勢いよく私の胸に飛び込んできた。
突然の彼女の行動に一瞬均衡が揺れたが、軽い彼女の衝撃では崩れはしなかった。
しがみつく彼女は少し震えていて、とても儚い。

。」

彼女の名前を呼ぶとゆっくりと顔をあげる。
「ごめんなさい。突然…」
瞼を伏せて泣き出しそうになる彼女の頬にそっと手を添える。
「…戦に行く前は悲しそうな顔をしているけれど、いつも以上に悲しい顔をしていたから。」 「国の同盟で夫婦になったとは言え、やっぱり貴方が悲しい顔をしているのは辛いわ。」

決して彼女が望んだ契りではない。自分がどうしても手中に収めたかったのだ。
しかし、自分でも気付かないわずかな変化に彼女は気付いていた。
些細なことではあるがどうしようもない愛おしさが込み上げ、彼女を強く抱きしめた。

「ちょ、ど、どうしたの?」
「…いえ、の涙に弱いだけです。」
「そういえば、の口から私たちが夫婦であると聞くのは初めてですね。」
微笑む私を見て彼女は頬を赤らめて俯いた。

「わ、笑うな!早く行きなさいよ!外でカイネが待っているんでしょう!」
腕を伸ばして私との距離を空けると直ぐに顔を逸らした。耳を見る限りまだ照れているようだった。
「はい、では行って参ります。」
「…お気をつけて。」
目線だけをこちらに向ける彼女の名前をもう一度呼ぼうと思った。
しかし未練がましくも側に居たいと思っていたのは彼女ではなく自分だと気付き、口を噤んだ。

自分がしようとしていることは秦を祖国とする彼女を傷つけてしまうというのに、彼女が祖国で微笑んでいた笑みを私だけに向けて欲しい、と心から矛盾を繰り返していた。

(李牧)



「燕への進攻は序盤に過ぎません。」
「妻が私の帰りを待っていますので。」



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