あれ、あたしなんでこんなことになってるのかな。普段使うことのない頭をフル回転させながら今の現状について自分で軽くまとめてみることにした。
遡ること数分前、あたしはいつものように今日もスキップしだしそうな軽快なステップでテレビ局の守衛さんに元気よく挨拶してから自動ドアを潜り抜けるとたまたま大好きな女子アナさんに出会ってひゃっほー!とテンションも決して表には出さないけれどもあがったので今日はきっと星座占い1位だったんだろうなあ、と思っていたはずなのに。
収録しているスタジオから一番近いトイレは人が多いからちょーっと離れたところに行って休憩時間中にとっとと現場に戻って共演者の皆さんとおしゃべりの続きがしたい!と思っていたはずなのに。
ちょっとお前ツラ貸しな、の勢いで数人の見たことのある顔の人たちに連れ込まれたのはあたしが行こうとしていたトイレよりかなり遠い人気の少ないトイレだった。確か此処は近くにあるスタジオが一個しかないから普段使われてないとこだ。こうなったら何をされるかは大体検討がついている。
この世界に居るのもあれやこれやと言ってるうちに長くなって、新人のときはよく先輩からの洗礼を此処でも受けた。めげずによく今まで居るなあ、となんとなく昔の自分を自画自賛したい気分になった。

「で、御用は?」壁とあたしをシメようとしてる同僚に挟まれて何されてもおかしくない中、あたしがのんきな声で聞くと一人がブチギレてなんか言ってるけど正直金切り声すぎて何言ってるかわからん。特に何言われても興味ないし、いちいちコイツらの話なんて聞いてたら芸能界なんて居られないわよ、と思っていたら「テメエ聞いてるのかよ。」と何処ぞのスケバンとでも言いたくなるような口調に噴出してしまった。流石に今のは挑発してしまっただろうな、と思ったら案の定で、肩を思いっきり押さえつけられた。スケバン口調ではない別の奴があたしに「だからぁ〜、夜天さんはぁ、典子さんのモノなんだから手だすな、って言ってんのォ。」と、猫なで声で腕を組みながらあたしを見下ろしつつ言った。

あれ、あたしそんなこと初耳なんだけど。

どうせコイツらが勝手に言ってるだけだろうな。狙った男は逃がさない!がモットーな典子はライバルがもともと眼中に入ってないせいか、陰湿に一人一人潰したりするようなことはしない子だとはあたしも知っていた。多分此処にいる誰よりもあたしは典子と長年の付き合いだろうし、誰よりも典子のことを知ってると思う。大方典子の取り巻きしてりゃおこぼれがもらえるだとか、合コンで有利だとかそんな自分の欲の為に近づいてるんだろうな、と思うとたまに典子が本当にかわいそうに思う。彼女はよく利用されるだけ利用されて居たけれど、典子はそれに気づかずみんなに優しくしてる。悪い表現をすれば単純なんだけど、誰にでも優しく出来ると言うのは彼女の長所だと思う。だから普段は大人しいフリしてるあたしだって典子の前では普段のあたしを晒すことができる。まあ、性格のせいで陰口言われたりもしているのも事実だけれども。なんだかんだ言いながらあたしと典子も馬はまったく合わないはずなのに一番仲がいい業界人は、と言われたら迷わず岡町典子と答えるだろう。あたしと典子はお互いを認め合ってるし、それゆえにいい刺激になってる。多分お互いがお互い「嫌よ嫌よも好きのうち」状態なんだと思う。丁度この間も仲いい芸能人は、とかインタビューされて典子の名前を出したばっかりだったなあ、とふと思い出した。

・・・そういえばこの間のルナ追いかけてテレビ局で会った時と言いメールの時と言い、典子は今夜天にお熱だ。なんせ男に今までまったく縁が無かったあたしにすらメールで夜天狙ってます!と言ってきたのだから多分相当なんだろうな。典子が一生懸命自分をアピールしても夜天には逆効果なんだけれども、夜天しか眼中にない典子に対してその事情を知らない俳優やらアイドルやらは声をかけているわけで、そいつら狙いの奴らが今回あたしに喧嘩売ってきたのかな、と思ってあたしを取り囲んでいる顔ぶれを見てみた。
一瞬息を詰まらせて半歩下がった奴も居るけれども、肩を掴んでるスケバン口調はビビることも無い上に少し掴んでる腕の力を込めてきた。
「アンタが居るとさあ、典子が夜天くんと引っ付かないわけよ。そうなったら困るのはあたしたちなわけ。わかる?」わかったらスリーライツに色目使うんじゃねェよ。と、スケバンは勢いをつけてあたしの肩を押した。まさか押されるとは思っても居なかったため、壁に叩きつけられるとそのままあたしは重力に逆らうことなくずるずると壁にもたれかかって座り込んだ。おしり痛い・・・!
そんなあたしを見下しながら笑う典子の取り巻き、いや、取り巻き以下の彼女たちを見上げて観察するように一人一人見ていくと、ため息をこぼし、「こんなことしてる暇あるならアプローチかけたらいいんじゃないの?」と言うとスケバンを筆頭に口々にあたしに罵倒して来る。それでも飄々としているあたしを見てスケバンはあたしの腹に蹴りを入れてきた。またしても予想外の・・・案外コイツら手出すの早いな、と冷静に考えながらも身体のほうは一瞬呼吸が出来なくなり、酸素がうまく入らなくてむせているとスケバンはいやらしい笑みを浮かべながらあたしを見下ろしていた。

「顔は傷つけねェよ。あたしらだってプロだしなァ?」扉を開ける聞こえたけらけらと笑う声はこの間のりこにファンなんです、と声をかけてきた期待の新人と呼ばれているモデルちゃんだった。今日は東君の恋人の撮影でスタジオに来ていたら、一番近いトイレが清掃中だったから仕方なくこのトイレに来たら目の前の光景に愕然とした。
モデルちゃんが足で蹴っている女の子はのりこがこの業界で一番のお友達だったから。彼女、ちゃんは確かにちょっと普通の女の子よりは色々変わっているけれども仕事にすごく熱心。のりことちゃんはお互いを認め合っているライバルのような関係で、性格や趣味はまったく合わないのになぜか一緒に居てしまう、幼馴染のような感覚で居れる大切なお友達。そのちゃんがなぜあのモデルちゃんに蹴られているのか、扉を開けるとその場に居たちゃんとモデルちゃんのほかにちゃんを囲んでいたこれまたこの間話しかけてきた女優の卵やらアイドルや歌手、多種多様の女の子たちの視線がこちらに向いてきた。
一瞬顔が歪んだように見えたモデルちゃんは、のりこに弁解するかのように執拗に「夜天くん」と名前を出してきた。なんとなく馬鹿なのりこでも話は見えた。夜天くんと仲がいいちゃんを近づけないようにしようとしてるんだ。そんなことしたって意味ないのに、そう言おうとしたら続けてモデルちゃんは「だって、夜天くんとお似合いなのは典子さんだと思うので・・・」と演技じみて言うモデルちゃん。のりこ、もしかしてまた利用されるだけ利用されるところだったの?のりこが夜天くんと付き合えば邪魔者が一人減るとでも思われていたのかな。いっつもちゃんに気をつけなさいって言われるのに、また利用されてるだけだったんだ。こんなことだったらちゃんの忠告にちゃんと耳を傾けておけばよかった。そうすればちゃんだってこんな怪我しなくてよかったのに・・・心の中でちゃんにごめんね、とつぶやくと、「のりこ、夜天くんのことは好きだけどぉ、ちゃんに怪我させてまで一緒に居たいとは思わない。」だってちゃんのこと好きだし。きゃは、と笑うとちゃんを取り囲んでいた女の子たちはそれぞれバツの悪そうな表情をする。「別にィ、のりこの事利用しようとするのはいいけど、ちゃんのことを巻き込んだりしたらぁ、次は無いからね?」続けて言うとモデルちゃんたちはそそくさとトイレから出て行った。・・・ふん、のりことちゃんの関係を知らないくせに手出すなんて馬鹿じゃないのかしら!


突然女子トイレから数人の女子がドアを勢いよく開けて出てきて僕を見るなりタイミング悪いわ、とつぶやいた。何それ、意味わかんないんだけど、と思って顔をしかめるとその御一行は足早に消えていった。何だったんだろ、まあ別にどうでもいいけど。
次に女子トイレから出てきたのは岡町典子で、一瞬身構えると「夜天く・・・ん。・・・ちょっとちゃん運ぶの手伝ってほしいんだけどォ・・・」いつもの猫なで声ではない素の典子で少しびっくりして典子が言った言葉に意味を理解するのに数秒かかってしまった。すると女子トイレのドアを典子がぐい、とあけると彼女に肩を預けているが見えた。典子に支えられているはお腹に手を当てながらふらふらと不安定な足取りで出てきた。「お、夜天じゃん。」と言うとお腹に響いたのかアイタタといいながらしゃがみこんだ。それを見た典子が「ちょっとォ!ちゃん無理しないでよぉ〜!」との背中をさする。ああ、そういえばこの二人って喧嘩してる割に仲いいんだっけ、と二人の会話を見ながらぼーっと考えた。とにかく自分だけ置いてけぼりにされている事だけは理解できているので、と典子の側に行くと、「何があったわけ?」と聞いた。すると話し出そうとしたの代わりに典子が、「のりこのせいでちゃんが蹴られちゃったのォ・・・」と涙目になりながら話した。するとが「あれは典子のせいじゃないよ。だってアイツら結局自分の事しか考えてないんだし。」と典子の頭をぽんぽんと撫でると「うん、まあ要はあたしがみんなよりちょーっとだけスリーライツと仲いいからヤキモチ焼いた馬鹿な女たちがあたしに喧嘩売ってきた!っていう感じ。」さっきまでの弱弱しいとは一転いつものに戻ったギャップに少し驚いていると「ああああやばい!撮影始まるじゃんか!やばいやばい!じゃあね、典子、夜天。」腕時計を見ると、まだ蹴られたと言う部分が痛いのか手を添えたまま走り出したを典子と僕は呆然と立ち尽くしたまま見送った。

「ねえ、今の何?」と聞くと典子は「のりこが、夜天くんに近づいたせいでさっきの子たちがちゃんが居たら邪魔だとか言って蹴ったのォ・・・それをたまたまのりこが見ちゃったから余計にギクシャクしちゃって。」事の成り行きを話しにくそうに言うと典子は続けて「そんなつもりなかったとは言え、のりこのせいでちゃんに怪我させちゃったのは事実だから、責めてくれていいよ。」と僕の方を向くと典子はこう言った。
「今までは気づかないフリしてたから言わないつもりだったけど、この際に言わせてもらうわ。夜天くん、ちゃんのこと好きでしょ?」「は?」「ちゃんを見る目、スリーライツのみんなと居る時みたいなやさしい目してるよ。」一瞬思考回路が停止した。何、何言われてるの僕。
「でもねぇ〜、ちゃんの一番はちゃんが気づかないうちはのりこなんだからねェ!」と歩き出した典子は僕が今まで知っていた典子ではなくとても友達思いの芸能人とか、そんなの関係ないただの女の子だった。なんとなくが典子の前では素を見せている理由がわかった気がした。

典子、と呼び止めると、「じゃあ、この間のも演技?」とこの間のスタジオでの一件を思い出して言うと、典子は一瞬驚いたような表情を見せて振り返った。そして微笑んで「そういうことにしてくださる?(
言えるわけないでしょ、のりこ以外の前で素のちゃん見ちゃって意地悪したくなっちゃった、だなんて。)」と言うとまたスタジオのある方を向いて歩き出した。(なんだ、。良い友達持ってるんじゃん。)今までに対して持っていたもやもやとした感情が何かわかったせいかすっきりした気がして、典子と同じように僕もスタジオに向かって足を進めた。

気づいた感情
(まだ知らないフリしておくけどね。)