夜天が主演を張っている連ドラの撮影をしてる放送局に用事があって訪れていると、階段をぴょこぴょことのぼっている黒い物体に遭遇。後姿からして猫だったので抱き上げてみると、うさぎちゃん飼っている黒猫のルナと似ている三日月のマークがある猫だった。そういえばこの間ルナが居ない、とうさぎちゃんが涙目になりながら張り紙をしてるのを見てたけれどもまさかルナなんじゃ、と思わずルナ、と声をあげるとルナっぽい猫はただにゃあと答えて顔を肉球でこすっていた。階段をのぼっているところを見るとその猫もあたしと同じように上の階に用事があるみたいなので、とはいえ猫がなんでこんなところにいるのかと言われればそこはよくわからないのだけれども、ともかくルナを抱き上げたまま階段をのぼった。「なんで君は此処に居るのかな?」とか「上の階に用事でもあるのかにゃ?」とか「ねえ、やっぱりルナだよね?」とか色々話しかけてはみるものの、答えは決まってにゃあ、としか返ってこなかった、当然だけれども。

しばらく大人しくあたしに抱き上げられていたのに、急にルナと思われる猫は暴れだしてあたしの腕から降りると、局内の廊下をてちてちと歩いていく。心配になって用事を後回しにしてついていくと、そこには岡町典子と同じクラスの夜天光が言い合いをしていた。
ああ、そういえば典子この間「のリこゎ,夜天くンのことぉ狙ッてるカら,て出さなぃでね☆」なんていうメールが来たかもしれない。しかもその後会うたびに言われて適当に生返事した記憶もあるかもしれない。そしてあたしはあのメールの読み方がわからなくてしばらく悩んだ。
あたしの腕から逃げた猫がもしルナならもともと大人しい猫だとは言え、夜天に抱き上げられてるときは拍車をかけて大人しくないか?と思いつつこれ以上言い合いしてるのも周りから見て鬱陶しいので止めに入ろうとして夜天に声をかける。
すると案の定とでも言うべきか、典子が反応して、「あーん!ちゃあーん。」などと言って飼い猫を片腕に抱き、もう片腕をあたしの腕に絡めてきた。別に鳥肌なんて立ってないよ。典子の過剰なスキンシップには随分と慣れているもの。何年来の付き合いなんだか・・・ホントたまに何で一緒に居るんだろうって思うけど。
「典子と夜天って仲いいんだねえ。」といつもの調子で言うと、典子はいやーんとかいつものあたしの前ではあまり見せないぶりっこ全開で否定するフリをしていながらも「私たちまだそんな関係じゃないよぉ」などと言ってるけれども、夜天はあからさまに嫌な顔をして黒猫の頭を撫でた。ごめんね、夜天の反応見るの楽しい。

正直言えば典子よりあたしの方がよっぽど夜天を含むスリーライツと仲がいいと思う。今となってはのんびりと静かにスクールライフ!を送りたかったあたしの野望は目の前に居るふくれっ面によって打ち砕かれたのだけれども、毎日にぎやかで少しうるさい学校生活の中でいつも一緒に居るうさぎちゃんたちに星野がやたら絡んでるからスリーライツとも何かしらよく一緒に居ることが多いし、ホームズ少年のZファイルで絶賛共演中である。
だからと言って典子とは仲が悪いわけではないし、むしろ仲がいい。最初は絶対に仲良くなれないタイプだろうなーと思ってたけど、気づいたらメールの履歴はいつも典子でいっぱいだ。(しかもどうでもいい話ばっかり)かわいこぶりっこしてるだとか、共演者キラーだとか、性格キツいとか、あまりいい話がないのも事実だけど、仕事に対してちゃんと責任を持っている。典子のそういうところが好き。ちなみに言えば共演者キラーっていうのはデマだろう。そんな話は聞いた事がない、夜天以外。

そんな夜天に好みじゃないから、とあっさりフラれてしまい機嫌の悪くなった典子の絡み付いて離れない腕をどうやって離そうかと考えていたらもう一方の片腕に抱いていた飼い猫が夜天に対して相打ちのような鳴き声をあげたため、それにむっとした典子があたしの腕に絡んでいた腕をするりと抜き、猫をぶつと夜天をもう一睨みすると「調子に乗ってるんじゃないわよ、際物のアイドルのくせに!」と言い残してまたスタジオに戻っていった。「こらこら、言いすぎだから、やりすぎだから、典子。」と言う声は聞こえてないのか、典子は振り返ることもなくまっすぐとスタジオに消えていった。・・・夜天も言いすぎだと思うけど、多分今の夜天に言ったらますます機嫌が悪くなりそうだから言わないでおこう。
典子の後姿を見つめながら夜天は際物はお互い様じゃないか、と小言を言っているのを見たあたしがはあ、とため息をつくと夜天はあたしが居るのを思い出したかのように「なんで此処に居るの。」とまだ少し機嫌が悪そうな声であたしに言う。「いやー、明日の撮影のことで色々あって電話するのもめんどうだから来たらその黒猫ちゃんが階段あがっててさあ、抱き上げたらこの階で逃げちゃってついてきた。」考えてみたらまだはっきりとルナって決まったわけではなかったのであえてルナ、と特定の名前は出さずに言うと夜天は自分から聞いてきたくせにあんまり興味がなさそうにふーん、とだけ答えた。
そういえばその猫どうしたの?とあたしが聞くと「拾った。」と夜天は猫を撫でながら少し微笑んで言った。ああ、やっぱりルナだね、それは。と思う気持ち半分、夜天もそんな表情するんだと思う気持ち半分がちょうどいい感じに混ざり合ってもう今は質問する気が失せてしまった。

その日の夜。夜は仕事もなかったので家で本を読んでいると携帯のバイブが机をうならせた。すぐに電話を取ると相手は夜天で、猫の缶詰買ってきて、なんて明らか他のヤツに頼めばいいようなことをあたしに電話してきた。いや、その前に夜天の家知らないし。なんで星野と大気と一緒に住んでるくせにあいつらには頼まないのさ、と電話越しに大声をあげると次に聞こえた声は大気で、自分たちはまだ此処の土地勘がないので忙しいと思うけれど頼むっていうことらしい。ああもういいですよ、パシられてやりますよ。本当は大気の威圧感に負けたとかそんな理由でパシられるんじゃないんだからね、貸しにしてやるんだから。

「ちょっと、夜天たちのマンションって何か目印になる建物とかある?」「あ、あと缶詰種類とか指定あんの?」





ちょ、なんでが居るんだよ!
う、うぇ、なんで星野タオル一枚なのさ!
落ち着いてください二人とも。
そうだよ。特にうるさい。近所迷惑なんだけど。

あんたがあたしに缶詰買わせなければよかったんでしょうに!



真夜中よにん。(ときどき缶詰)