事の発端は先刻に始まった謝肉宴。 ジャーファルさんは私の恩人で、色々あって今は部下として日々雑務に追われている。 今日は朝からアバレウツボが乗り上げてきたので夕刻から行う宴の準備をしていた。 宴が始まってしばらく。完全に酔った我らがシンドバッド王が自らの膝に座らせていた美女をヒョイとジャーファルさんの膝に乗せていたことがきっかけである。 仕事が無いと蕁麻疹が出てしまうくらい仕事熱心なジャーファルさんだが、性格はとても穏やかで(王が粗相をしなければ)、容貌も良い。その上シンドバッド王と違って浮ついた話も一切無い。まさにシンドリアで一番安泰な男性だと思う。 そんなジャーファルさんと女性があんな近距離で居るのを初めて見た気がして、私は一気に興ざめしてしまった。 楽しいことが大好きで、いつもシャルやピスティとどんちゃん騒ぎをしている私がそそくさと一人で部屋に戻ったのを見たジャーファルさんは宴の途中だと言うのにすぐに部屋に来てくださった上に、何処が具合が悪いのかと聞いてくださった。 別に体調が悪いわけではない。ただ、モヤモヤするだけだった。 私が知らないジャーファルさんが其処に居る気がして。 気付けばジャーファルさんの肩を力いっぱい押してベッドに押し倒していた。私がこんなことするなんて思っても居なかったであろうジャーファルさんは成すがままにベッドに倒れこんだ。 「ジャーファル、さん。」 今自分がしていることはジャーファルさんに嫌われてしまうかもしれない、と言うことを私は考える間もなかった。 「、どういうつもりですか?」 未だ状況を把握できていないジャーファルさんの官服の裾を片手でゆっくりとたくしあげるとジャーファルさんは肩を揺らした。 抵抗が出来ないのはジャーファルさんを完全に押し倒していないからであって、彼は今両肘でご自分とその上に居る私を支えている。 ジャーファルさんはいつも裾の長い官服を着ていている。ジャーファルさんいわく傷だらけだから見せられるものではないらしいが、たまに長い裾からチラリと見えるジャーファルさんの足はとても綺麗だ。本人が気にしている傷すら彼の肌の白さを際立たせている。 きっと、彼がその気になれば私なんてすぐに取り押さえられてしまうだろう。 だけどジャーファルさんは口では拒絶していたが、取り押さえはしなかった。 やめなさい、ジャーファルさんの声がとても近くで聞こえる。目下には綺麗なジャーファルさんの足。 ジャーファルさんのあし。やっぱり綺麗ですね。 この綺麗な足に、女性が乗っていた。 それも二人も。 易々と膝に二人も乗せられるなんて、 ジャーファルさんも、男の人なんですね。 「私の何が気に食わないのですか。」先ほどまでとは打って変わった冷静な声に目線をジャーファルさんの顔に戻した。私を映している瞳は冷たくて何を考えているかわからなかった。 「わからないんです。どうしてこんなにモヤモヤしているのか。」 「私が知らないジャーファルさんを見るのが怖かっただけなんです。」 冷たい目で見つめられて嫌われてしまったのではないか、と心臓がギュッと縮こまった気がして泣きそうになる私に「君は本当に何もわかっていませんね」とジャーファルさんはため息をついた。ぶつかった視線はもう冷たくなかった。 頭にハテナマークを浮かべているとジャーファルさんは体を支えていた両肘を軸に体を起き上がる。 座っているジャーファルさんの膝に向かい合ってまたがっている状態で右腕を引っ張られ、そのまますっぽりと彼の腕に抱きしめられた。 一生懸命押し返そうとするが、びくりとも動かない。その上ジャーファルさんの腕の中で足掻いていると、後頭部に腕を回して私の頭を固定させた。 「。」ゾクリとする体をよじって、逃げようにも頭を固定されているためにジャーファルさんの声がダイレクトに耳元に伝わってくる。 「嫉妬、しましたか?」表情は見えないが声が弾んでいるように聞こえた。フ、と耳元で息をかけられて思わずジャーファルさんの官服を握り締めた。 「君が言った様に私は男です。」 「君は私を保護者のように慕ってくれていましたが、私は君をそのように思ったことはありませんよ。」 「それに恋情を抱いた女性に押し倒されたわけですから、もう我慢しなくていいんですよね?」 思わず「え?」と間抜けな声を発してしまった。 突然饒舌になったジャーファルさんの言葉に頭が機能せず、混乱していると耳元から離れたジャーファルさんと目があう。 不敵に笑う彼を見て心臓がギュッと縮こまったのは、もしかすると私もジャーファルさんを保護者としてみていなかったのかもしれないと感じさせた。 意識をしてしまえば、この体勢も目をあわせることも全てが恥ずかしくなり、そそくさと俯くとグラリと体が揺れて反射的に目を瞑った。 背中に感じるベッドの感触にゆっくりと目を開ければ、見慣れた私の部屋の天井とクーフィーヤを乱暴に外したジャーファルさんが獣の目をして私を見ていた。 捕食者の憂鬱 |