その子はいつもとても元気だった。
その子はいつもとても明るかった。
だから嫌いだった。いつも明るいだけの馬鹿だと思っていたから。
どう考えても一番苦手な部類の人間だと思ってた。

その子は自分が教育実習としてこの学校に来てしばらく経ったときに来た転校生だった。
それなのにいつも彼女の周りには友達が居て、いつも楽しそうに笑っていた。
数学が苦手のまんまの文系だった。文系の授業は瞼が閉じそうになっても必死に起きているのに、理系の授業はあっさりと睡魔に負けて寝ていた。
いつもヘッドフォンを首につけて、髪の毛を束ねるシュシュを細い手首につけて、束ねていないロングヘアーをさらさらを風に揺らしていた。

彼女の笑顔は本物だった。
表も裏もない表情が嫌いだった。何も考えて居なさそうな笑顔が嫌いだった。

つい数日前に保健室にサボりに行った時に保健室の診察カードを見たときにあの「」を見つけたときに思わず顔をしかめたのをよく覚えている。
なんで居るのかと思っていたら保健室の扉が開いて彼女が腹をさすりながら入ってきた。みずしませんせ、と今にも消えそうな声で名前を呼ぶ声はいつもの彼女からは想像もつかなかった。何をしていいかわからずとりあえず椅子に座らせると前のめりになりながらしゃべりはじめたは、「・・・あたし、おなかよわいんで、す・・・だからひんぱんにきてるんで・・・きにしないで、くだ、さい。」といつもとは違う無理して作った笑顔を見せた。(そうは言われても何もしないわけにはいかないだろ?)心にもない言葉をかけながら背中をさするとは力のない笑顔でありがとうと言った。
後から彼女は転校して間もないのによく保健室に来る常連になっていたということと、実はとても体が弱いことがわかった。

それから一昨日までのクラスにはあまり用事がなかったから会うことが無かったのだが、一昨日はのクラスの授業があったので久しぶりに彼女の顔を見たな、と教室に律儀に並んだ机たちを教壇から見下ろしたときに思った。
授業の終わりになって「みずしませんせー!」と声をかけられて振り返るとこの前保健室で会ったときとは別人のようながそこに居た。
「この間は色々ご迷惑をおかけしてごめんなさい・・・」「ああ、大丈夫だよ(まったく、あのときは結局お前に付きっ切りでサボれなかったじゃないか)もうおなかは平気?」「あ!はい!此処最近は体調崩しにくくなる季節になってきたので大丈夫です!」とへらへらと笑うに内心は苛立ちばかりがつのった。
「本当にありがとうございました!」と手を振って教室に戻ったを見てようやく一息をついた。(ほんっといちいち苛立たせる奴だな)パタパタと小動物のように走ってクラスメイトの男子のところに駆け寄るを見て眉間に皺が寄った。

そして昨日はのクラスで授業があったとは言え特に何もなく一日が過ぎて今日になった。
保健室で何を考えるわけも無くサボっているときに、ふとベッドの方から音が聞こえた。それも今はやってるJ-POPなどではない、(これは・・・)あまり有名ではない洋楽で、どちらかと言えばネガティブな歌詞が多いバンドの曲だった。こんなマイナーでしかもネガティブな曲を聴くような奴なんてこの学校に居たのか、と興味が沸いた。(なんせこの学校の生徒って馬鹿ばっかりじゃないか。)ベッドのカーテンを開けようかと思ったけれど、さすがにそれはほぼ男子校であるとは言えまずいか、と思ったとき運良く授業が終わるチャイムが鳴り響いた。他のカーテンの向こうに居た生徒は自らカーテンを次々と開けて、僕に話しかけた後教室に戻っていくが、その音が鳴っているカーテンはいまだに開かない。
声をかけてみても起きた気配がしないのでそっとカーテンを開けるとそこにはが苦しそうな表情をしながら寝返りをうっていた。(なんで、)よりにもよってコイツなんだ。

いつも首につけているヘッドフォンから流れていた音楽は紛れもなくあの洋楽のバンドだ。のイメージからは程遠い音にしばし立ち尽くしていると休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
時折すごく苦しそうな表情をするの頭にそっと手を伸ばして撫でると少し表情が和らいだ。自分でも何をしているのかよくわかっていない。しばらくしてうっすらと目が開いた頃は既に授業は半分以上過ぎていた。僕の顔を見て驚いたはヘッドフォンを投げるようにはずして僕の名前を呼んだ。
「ごめんね?苦しそうだったから頭撫でてみたらちょっと和らいだみたいだったから落ち着くまでしようと思ってたんだけど、起こしちゃった?」と当たり障りの無いいつもの笑顔を振りまくと、「ご、ごめんなさい・・・星月せんせいは・・・?」今会議中だよ、と言うとは時計を見てため息をついた。
「ねえ、さん。さっきヘッドファンで鳴ってたのって、洋楽だよね?」僕もそのバンド好きだよ、と言うとはびっくりした顔を見せた。「せんせいってあんまりくらーいなイメージないのに!」「それはお互い様じゃないかな?」どうして?と首をかしげるに説明しなきゃわからないのか、といつも思うような感情はなかった。「さんはいつも明るくて、友達も沢山居て、ネガティブなイメージまったくないからね。」そういうとの表情は少し暗くなった。
「あは・・・そんな風に思われてるのかなあ・・・本当のあたしは、きっと体調とおんなじでネガティブの塊なんですよ。」「・・・みんなが思ってるような奴じゃないですよ。あたし。」ホント、心の中も真っ黒ですから。と力なく笑ったは完全に自分が知っているではなかった。
いつものまぶしいぐらいの存在感を持ったではなく、此処に居るは今にも消えていきそうにはかなかった。僕はそんなを見つめて、ただ何もできずに立ち尽くすだけだった。

(こんな顔みたかったわけじゃない)(じゃあ、僕は彼女にどうしてほしかったんだ?)

周りの重みに耐え切れなくなってしまいそうな彼女を支えたいと思ったこの感情は一体何なのだろう。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、はまた元気を取り戻したかのように笑顔になって保健室を出て行った。残された僕はただ脳裏にの今にも消えてしまいそうな笑顔が離れなかった。



本音の流れるヘッドフォン