あの人の声が聞こえなくなると物陰からそっと出た。するとハラマキレディたちは既に居なかったけど、ティーバック男爵はまだ残っていた。物陰から出てきたあたしを見て、「相変わらず趣味が悪ィな。」と眼を逸らされた。放っておいて、と言うにも事実なので言わないことにした。「ハイグレ魔王さまもなんでこんな人間拾ってきたのかわかんねえよ。」と言いながらティーバック男爵は玉座の前から消えていった。そんなのあたしだって聞きたいよ。

地球に侵略者が現れて1週間と少し。朝の新宿上空に突然現れたその飛行物体は、あたしを巻き込んで降りてきた。どういう過程でこうなったかはあまり覚えていないけれど、気づけばハイグレ魔王の玉座の前に居た。仮面にマントと言うまったく正体がわからないあの人は、地球を侵略するために来た異星人だった。
最初に声を聞いたときは男なのか女なのかもわからなかった。初めてバサリという音を立てて翻したマントの下の華奢な体つきを見たときも女の人のように細いと魅入ってしまった。そしてたまに見せる仮面の下も男には思えないほど整っていた。
その男とも女とも取れないあの人に興味を抱いてあたしは見事恋に落ちた。自分の立場も知らずに。(あたしは地球人の人質なんだよ)なんど自分に言い聞かせたのだろう。

ふらりと玉座の前まで行くと、ジャラジャラと首についた鎖が自分を主張するかのように部屋にこだまして鳴り響く。今は誰も居ないこの玉座の間。さっきまでハラマキレディやティーバック男爵や、あの人だって居たのに。誰も居ない玉座の間からあたしはこの部屋から一歩も出させてもらえない。
最初の頃は家に帰りたくて鎖をなんとかしてみようなんて思って長い鎖によって何処まで行けるか、とかやってみたけれども、計算されたかのごとくハイグレ魔王の玉座から扉の前までした行けなかった。今となってはどれだけあがいても扉の前までしか行けないことが悔しいので逃げ出そうとは考えなくなった。
玉座の前の階段をコツコツと靴を鳴らして下りるといつもハラマキレディたちが居る場所と、ティーバック男爵の居る場所の真ん中で立ち止まった。目の前にはそこにあるのにまるで蜃気楼のように見える扉。焦点にあわせていない扉はまさに蜃気楼のようだった。ぼんやりと見える出口に興味すら抱かない。

「帰りたいの?」ふいに後ろから艶かしい独特の言い回しをした声が聞こえた。いつからそこに居たのだろうか。後ろをゆっくりと振り向くと玉座の前に黄色と青の仮面を被った黒ずくめの男が居た。
張り付いている仮面はいつもにやりと笑っていて、仮面の下の表情なんてまったく読み取れない。
マントから伸びた白い手があたしを招いて、大人しく彼の元へ近づいた。玉座の前の階段で立ち止まりうつむいていると急に前にぐいと引っ張られ、玉座の前の階段を数センチだけ浮いて宙吊りになっている。・・・少し苦しい。
いつものようにだらんと重力にまかせっきりの鎖が目の前でぴしっと張り詰めている。視界に入っている鎖の少し先には彼の手が見えた。ああ、この人が鎖を引っ張っていたのか。
おそるおそる手の持ち主に視線をやるとそこには仮面があった。何もわからない。この人の考えていることが。
鎖を引っ張られている腕と逆の腕が仮面をはずすと、そこには少し眉間にシワのよったハイグレ魔王が居た。カランと無機質な音を立ててはずした仮面が落ちるとほぼ同時に彼は鎖を持っていた手をゆっくり離した。
玉座がある段のひとつ下に降ろされたあたしは、もともと背の高いハイグレ魔王をいつも以上に顔を上げて見上げた。
「いい事?覚えておきなさい。アンタはアタシの物なの。勝手なことするんじゃないわよ。」「あと、アタシはオカマなの。男しか興味ないの。変な気立てるんじゃないわよ。」
バシッと殴られると目線を彼の落とした仮面に向けた。この前逃げようとしたときは殴られなんてしなかった。しばらくお互いに動かなかった。先に動いたのはあの人の方で、仮面を拾ってつけるとあたしの髪の毛を2.3回撫でてから「お客様よ。アンタは隠れてなさい。」と言ってあたしの背中を押した。嫌ならば優しくしないで。(突き放してくれたなら楽になれるのに)


(嫌ってくれれば、余計な感情が芽生えたせいで邪魔をする。)


        (仮面の下の真実)