遠くない未来の話がしたい




ゾウで麦わらの一味と別れてしばらく。昨日届いたニュースクーにはルフィさん達がビッグ・マムに勝利と出ていた。それが後々厄介事にならなければいいんだけど。
心地のよい波風が短い髪を攫って行く。こんなに穏やかな航海はいつぶりだろうか。ネコマムシの旦那に「ゆティアは一緒に来てもらうぞ」と言われ、ゾウでルフィさん達とは別行動になった。マルコ探索チームなので私を連れて行くのは最もだ。どうもネコマムシの旦那はマルコの居場所を知っているような口ぶりなのが気になる。今日も巧みに航海術を駆使している大きな背中を遠くから眺めつつ、私を連れてきた真意を見定めていた。

「あ」

旦那から永遠と広がる海に目を向ける。潮の流れが変わった。近くに島があるはずだ。
新世界は気候がおかしい。さっきまで晴れていたとしても次の瞬間には雷、酷ければ常識では考えられない物も降ってくる。あの巨体を持つ猫はそういった事象を想定しながらも躱しつつ、うまい具合に目的地に向かっている。本当に何処でこんな航海術を習ったのか。左右にふらふら揺れていたしっぽがぴたりと止まり、私の方へと振り向く。目が合うと険しかった表情が緩み、可愛い笑顔を見せた。
数時間程すると見慣れた島が姿を現した。目の前に見える仮初の廃村には見覚えがあった。二年前、頂上戦争で敗れた白ひげ海賊団はシャンクスさん達とこの島にある目的で来た。勿論、私も。

「此処にあの不死鳥マルコが居るって噂だ」

任侠団を船の護衛として残し、ネコマムシの旦那と私だけが上陸した。
この廃村の奥には小さな村がある。私達とはまさに住む世界が違う、人を疑う事も知らないのどかな村だ。慣れた足取りで村へと進むと、色褪せた廃村から一転し、一面牧草の優しい色彩が目に入った。
この隠れた村に住む人の数は決して多くない。そんな中、一か所だけ人が多く集まった場所が視界の端に見えた。

「あそこか」

隣に立つ旦那にはマルコが見えているのだろうか。小さく呟くとその集団へと足を運んだ。
旦那の言った通り、マルコは其処に居た。村の人達に治療を施したり、話し相手になっていたり、なんだかすっかり村に溶け込んでいるようだった。
ネコマムシの旦那は此処でしばらく待つと言っていたが、私は行きたい場所があると伝えて席を外した。

毎日誰かが花を飾ってくれているのだろうか。薄暗い森を進むにつれて、甘い匂いが風に運ばれてきた。光が見えた先には海が見える開けた平地と其処に佇む大きな建造物。
雨風でボロボロになった大きなロングコートが、色褪せたテンガロンハットが、私を出迎えてくれた。
この島はパパが生まれた島であり、パパと隊長が眠る島でもある。
一年ちょっと前までは私も此処に毎日通って、毎日泣いてたっけ。少し前の痴態を思い出し、恥ずかしくなる。ごまかすように一つ咳払いをし、勢いよく座り込んだ。二人の墓の前に居場所を確保すると、この島を去ってからの近況を笑顔で話し始めた。
一人ぺらぺらと話を始めてどれぐらい時間が経っただろうか。気付けば日が少し傾いている。言いたい事は沢山あるが、ひと段落ついたところで「またね」と呟き、立ち上がった。
あの頃の様に何度も振り返る事は、もうない。

村に戻ると旦那とマルコが丸太に座って話していた。私に気付いて振り返ったマルコが凄く驚いたが、その後直ぐにいつものぶっきらぼうな表情に戻り、無言でネコマムシの旦那を小突いていた。
旦那が「少し村を散歩してくる」と気を遣ってくれたので、旦那が座っていたところへ腰を下ろした。

「まさかこの村にいるなんて」
「それはお互い様だよい」
「確かに」

お互い視線は楽しそうにしている村人達を見ていて、目が合う事はない。

「お前がネコマムシと知り合いだったとはな」
「パパからは何にも聞いていないよ。ルフィさんと一緒に居て偶然」

だろうな、と笑うマルコにじとりと視線を送る。

「他の家族は?」
「さぁな。俺は親父の形見のこの村を守る為に一人戻ってきた」

頂上戦争後、生き残った白ひげ海賊団の一部は禁忌を犯した黒ひげことティーチに落とし前戦争を起こしたものの敗北。散り散りになった元白ひげ海賊団は再起を図る事も出来ず現在に至る。
私と言えば隊長の弟であるルフィさんを魚人島まで見送るつもりが”白ひげの娘、麦わらの一味に加入か!?”と書かれる程度に今も共に旅をしている。
私はもう白ひげ海賊団として再度海賊旗を揚げるつもりはない。
どちらかと言えばマルコと同じようにパパや隊長が遺してくれた物の為に余生を使いたいと思っている。隊長が遺してくれた新しい兄弟もまたしかり。
私達同様、頂上戦争で大切な人を失ったルフィさん。
3D2Yの記事には毎日泣く事しか出来なかった私も救われた。だから元白ひげ領と言う事もあり、魚人島まではルフィさんへの恩返しもかねて一緒に行くつもりだったのだが……。未だに船を降りる事を許されず、すっかり外野からは麦わらの一味扱いである。勝手に一味に加えるなんて船長のルフィさんに失礼だろうが! ……話が逸れた。

「お前も相変わらず大暴れしてるみたいで何よりだよい」
「そんなつもりは一ミリも無いのわかってて言ってるでしょ」
「当然だよい。ま、血は繋がってなくても振り回すのが得意なあたり、やっぱりエースの弟なんだろい」
「……」

言葉を返す事が、出来なかった。ルフィさんだけじゃない。サボさんも。
隊長の残り火を感じられる度に嬉しい反面、心が悲鳴を上げている気がする。
二人を見ていると前を向いたつもりで居てもまだ立ち直れていないのを実感するのだ。そのくらい、私にとってあの人は大切な人だった。家族としても、それ以外としても。
すぐ足元の牧草に落としていた視線を遠くの人影に移した。

「此処、本当に良い村ね」

確かに本心ではあるが、どうしても会話が続けられなくて話題を無理矢理変える。マルコは気にもかけず相槌を打った。
小さく聞こえる村人の声に耳を傾けると、村人同士が助け合って、家族のように生きているのがよくわかる。その姿がやけに眩しかった。二年前まで当たり前だったあの船での生活が、瞬きの最中に見えた気がした。

「ぜーんぶ終わったら、私は此処で一生を終えたいな」

幼い頃に陸を離れ、ずっと定住とはかけ離れた生活をしていた。一時はパパを憎み、迷惑も沢山かけた。
それでも。
手前の廃村よろしく荒れ果てていたこの村に名乗りもせず援助し続けたパパの一面を知ってしまった。海賊らしい暴挙の中に垣間見える優しい一面も沢山知ってしまった。だから、この村を作った海賊の事を、あの人里離れた大きな墓の事をひとりぐらいは知っていてもいいだろう。……この村の住人として。それが私の親孝行だ。
隊長が見たかったルフィさんの夢の先を、パパが見たかったこの村の優しい景色を。代わりに私が見て、見届けて。一生を終えるのだ。

村の何処に家を建てたいだとか、仕事は何がしたいだとか。
すっかりさっきまでの話を忘れて定住するつもりの私に対して、隣で同じく村を見下ろしていたマルコが「まずは麦わらの一味を抜ける事から始めろよい」と喉の奥を鳴らして笑った。

久しぶりに笑い合う家族の間を、湿気を含んだ海風とは違う、緑がささやく優しい風が通り抜けた。