サボさんに膝枕をしていると、ふと腰に腕が回った。
肩を跳ねさせる程、驚いた私をサボさんは不思議そうな目で見上げていた。

「どうした?」

仰向けになっていたサボさんは、うつ伏せになると私の膝に体重をかけないように両腕で自身を支えた。先程と変わって上目使いになったサボさんは、やはり何処か似ている。



あの戦争から数年。
私と言えば呑気に陸上で暮らしていた。

喧噪とは縁遠いこの夏島で、たまにやってくる家族の話し相手をしたり、ふらっとやって来るサボさんに会ったり。

海岸近くに住んでいるのは私だけだが、少し内陸に進めば集落がある。
衣食住は其処で事足りるし、なんら不自由は無い。長閑な島生活だ。
今年もあの場所はとてもきれいに花が咲いている。

この島こそ、パパとあの人が眠る島。



黙ったままサボさんを見下ろす私の表情は、おそらくあまりよろしくないだろう。
記憶と重なるサボさんの仕草に、動揺が隠せない。
ただ、私の膝を目の前に、手を組んで肘をついたサボさんの真んまるの目は、記憶とは違う。

何も言わずに見つめあう。見透かされているのか、記憶と重ねているのか。おそらくどちらもだろう。口許は微笑んでいる筈なのに逃れる事の出来ないサボさんの視線に、ごくりと喉を鳴らした。


「…隊長を、思い出しました。」

随分と時間を置いてから紡いだ声は震えていて、気まずくなって視線を思い切り逸らした。
サボさんの視線は、おそらく私から逸れていない。ひしひしと伝わるそれに思わずぎゅっと目を瞑った。



――まだ、未練があると言うのか。

そう思われたに違いない。私とサボさんの関係はあの頃とは違う。男と女だ。
タトゥーが入った傷だらけの身体を綺麗と言うのはサボさんだけ。
誇りだった背中にあるパパのシンボルを撫でて「痛かっただろ」と言われたのも、小さい頃に勝手に彫った腕のパパのシンボルを上書きしたスペードマークを見て「ありがとう」と言ってくれたのも、サボさんだけ。

パパへの愛情表現とばかりに背中のタトゥーで隊長と張り合い続けたし、腕のマークは何を彫っているか伝える前に隊長と離れてしまった。
ルフィさん達と旅をしながらも彫り続けていたそれの完成をあの人は知らない。

それでも瞼を閉じると鮮明に思い出せる。随分前に止まったあの二年間。

どうしても、忘れる事が出来ない。
私を幸せにしてくれる人は、あの人じゃないのに。



「未練がましいな。」

部屋に響くサボさんの声に、瞑っていた目を大きく見開いた。
冷たい声に、とうとう呆れられてしまったとひどく後悔した。
恐る恐る視線を降ろすと、先程と変わらず口許に弧を描くサボさんと視線が絡み合う。ひやりと背中に汗が伝った気がする。

「何て言うとでも思ったか?」
この兄弟達独特の、太陽のような笑顔。
ニッカリと音が鳴りだしそうな笑顔に、気が緩んだのかぽろりと涙が落ちた。

サボさん、サボさん、サボさん。

見られるのが恥ずかしくて顔を手で覆いながら、うううう、とどうしようもない声を上げてうずくまる。
ぽろぽろと指の隙間から零れる涙をサボさんは丁寧にすくいあげてくれた。




サボさんの事は大好きだ。


ただ、サボさんと一緒にいると、心が弱くなってしまった気がする。
随分と、サボさんに頼り切ってしまっている気がする。
優しいサボさんに縋ってしまっている気がして、凄く不安になる。
いつか、サボさんも居なくなってしまうのではないか。
いつか、サボさんに呆れられてしまうのではないか。

この人に見捨てられてしまったら、今度こそ私は息をする事も出来なくなるだろう。かけがえの無い人だ。
今の私が居るのは間違いなくサボさんのおかげだし、こんな私をとても大切にしてくれている。

それでもいつまでも過去を断ち切れない。隊長と言う面影は、おそらく一生追いかけてしまうだろう。
だからこそ、私じゃない誰かを選んでほしいと言う気持ちもあった。
サボさんにはもっといい人が居るのでは、例えば身近だとコアラさんとか。
(前に言ったらめちゃくちゃ怒られたので、もう二度と言わないけれども)


いつの間にか膝元に居た筈のサボさんが私の目の前に座っており、顔を覆っていた左手を引っ張られてサボさんの胸へと飛び込む羽目になった。
私だってそれなりに力は強いはずなのに、サボさんにはいつも敵わない。もがいて逃げる事すら出来ないのだ。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるのは嬉しいけれども、やっぱり恥ずかしい。急に引っ張られたので咄嗟に右手で身体を庇ってしまったので顔を隠す事も出来ず、変な声を相変わらず発しながら恥ずかしがる私にサボさんはとても楽しそうな顔をしていた。



「俺はが好きだ。でもにエースを忘れてまで好きになってほしいとは言わない。」
「いつか、気持ちの整理がついたら俺を選んでくれ。」

「そりゃ、俺だけを選んでほしい気持ちもあるけどさ、」 「が兄弟を覚えてくれている事も、嬉しいんだ。」
「…ま、勿論妬いてはいるけどな。」

「え、」
「当たり前だろ。惚れた女が兄弟とは言え別の男の事を考えてるんだぞ。」

「でもよ、だからってそんな苦しそうな顔すんな。」
しか知らないエースの事、また聞かせてくれ。」
「俺はいつまでも待つさ。長期戦は覚悟の上で惚れてる。」

改めて言われて、顔が熱くなるのがよくわかる。
サボさんの挑戦的な目は苦手だ。捕食者を見る目。狙われているのが自分だと思うととても恥ずかしいし、そんな目で見られた事が無いからどうしていいかわからない。羞恥に耐えられず視線を背けるが、嫌ではない。


ごめんなさい、ありがとうございます、サボさん。
貴方の事は大好きなんです。大好きなんです。


言葉にするのはとても苦手なので、態度で少しでもわかってもらえたらいいな。
細い体躯に一体どれだけの力があるのか、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれるぬくもりに私も出来る限り応えようと必死にしがみつく。

サボさんは呑気にも「うわーでっけー子どもだな!」と空気を読めない発言をしていたが、たまに何も考えてないような事をさらっと言うサボさんにも、なんと言うか救われている自覚があったので、今の失言は聞こえないフリをした。


懐柔微睡


つか、待て。お前ら膝枕とかしてたのか?