「あ、おはようございます隊長。」 「おー。」 おはようと言うには遅い時間。太陽が昇りきったこの時間になってようやく隊長は目を覚ました。 顔を突っ込んでいたお皿にはチキンライスが乗っていて、隊長の顔をケチャップまみれにしていた。 「隊長、顔ふいてください。」とハンカチを渡すと躊躇いもなくガシガシと顔をふく。わかっていたが薄い青色をしたハンカチはくすんだオレンジ色のまだら模様を作り出す。 「、お前何見てんだ?」 「ニュース・クーの新聞に入ってた手配書ですよ。」 にゅっと伸びてきた手からハンカチを受け取る。両手が空いた隊長は再びもぐもぐと口を動かしながら隣に座る私の手元を覗き込んだ。 少ない額からはたまた何個ゼロがあるのか直ぐに数えられない額まで、様々な賞金の手配書が今日も挟み込まれていた。この新世界で白ひげの娘として生きてる以上、ある程度の情報として手配書は欠かさず確認している。そんな私の日課を知っているからか隊長はちらりと私を見た後は朝ごはんの続きに意識を戻した。 今日は矢鱈と手配書の数が多いな。手配書をめくる手は止めることはないが、革命軍と海賊とその他に分けている中でも大半が革命軍の手配書だと気付く。普段から海賊が多いのは当然で、能力者や海賊以外の犯罪者などの未分類がどうしても多くなるのだが、如何せん今日は革命軍が多い。「革命軍多いな。」恐らく隣に居た隊長も不思議に思ったのか口にご飯をいれたままぽつりと言う。私もそうですねと答えると止まる事を知らなかったスプーンが食器とぶつかる音がして止まった。 ごっくんと飲み込む音が聞こえる。ひと息ついて「そういえばよォ、」と隊長が手を止めて何処か遠いところを見て話し始めた。 「革命軍の…なんだっけか。なんとかソウチョーって言う位の若いやつ。」 「そいつ、俺が前に言ってたガキの頃に死んだ兄弟と名前が一緒でよ。」 「金髪でゴーグルつけたシルクハットかぶってて見た目もそっくりなんだよなァ。」 まあ、他人の空似なんだろうけどよ。と言うと再びスプーンが動き始めた。 そういえば今日の手配書の中にあった気がする。さっき分けたばかりの手配書の束から彼を探す。「この人ですか?」手配書を見せると「ああ、コイツ。」とスプーンで写真を指していた。 「俺の知ってるサボはもっと愛嬌のあるクソガキだったからやっぱり他人なんだろうけどよ…もしかす…る…」 バタン。 またしてもチキンライスにダイブした隊長を見てため息を一つつく。隊長、もうじきお昼ごはんなんですけど、いつになったら朝ごはん食べ終わりますか? 昔の夢を見て思わず目が覚めた。まだ心臓がどきどきしているのが嫌でもわかる。 大切な日常。あれは夢ではない、思い出だ。何故今になって思い出したのだろうか。そんなのわかりきった事だがそれをあの人の再会だからと認めたくなかった。 浅い息を繰り返しながら目だけを動かす。まだ部屋は真っ暗だ。キュロスさんの自宅に匿ってもらい、テーブルに伏せてどれぐらいの時間が経ったのだろうか。気付いたら眠っていたようだ。 目をこすりながらむくりと上半身を起こすと此処に居る筈の無い声が聞こえた。 「起こしたか?」暗闇に響くその声は周囲の音をなくすには十分で、少し寝ぼけていた頭は直ぐに冴えて同時に目を丸くした。 「さ、サボさん!?」 ルフィさんが眠るベッドに座っているであろう黒い影。思わぬ人の登場に少し混乱していたわからなかったが起きていたのは私だけでは無かったらしい。ゾロさん、フランキーさん、そしてロビンさんが起きているようだ。まさかこのタイミングで見聞色を使うことになるとは正直思っても居なかったが。 「、ぐっすり眠れたかしら?」「はい、サボさんが来たことに気付かない程度には…ぐっすりでした。」ロビンさんの問いにそう答える。暗闇に慣れてきた私の目がフフフと上品に笑うロビンさんと、他の皆さんが寝ていると言うのに豪快に笑うサボさんを捕えた。二人があまりに対照的で私も釣らわれて笑ってしまった。 「は知ってたのか?ルフィにもう一人兄貴が居るって。」グビリと酒を煽る音と共に続いてゾロさんから問われる。「…はい。隊長から。でも隊長もルフィさんもサボさんはあの時…」「ああ、それは今俺が話してたところだ。」私にそれを言わせないようにサボさんは声を被せて話す。あの日サボさんに会った際に取り乱した私を気にかけてくれているのだろう。相変わらず優しい人だ。 ははっ、もうそんな弱くないですよ、サボさん。 そう言いたかったが、あえて言わなかった。 完全に引き摺っていないと言えるほど強くなったかと言われると、何処か後ろめたい自分が居たのだろう。 「じゃ、帰る。」顔も見たしな。そう言ってサボさんはシルクハットに手を伸ばした。 足を一歩、進めようとしたサボさんのコートの裾をきゅっと掴む。「も、もう行っちゃうんですか!?」ゾロさんにビブルカードを渡したサボさんはくるりと振り返って私を見た。流れるような動作で裾を掴む私の手をサボさんの両手が柔く包む。ルフィさんや隊長によく似た、ニカッと音がなりそうな笑顔で私に言った。 「そんな顔しないでくれ。エースに怒られちまうだろ?」 「もずっとルフィ達と一緒に居る訳じゃねェなら、また何処かで会えるさ。」 「そん時はコアラとも話してやってくれよ。のことすっげぇ気にしてたからさ!」 何も言えずにじっとサボさんを見つめる。間をたっぷりと置いてからこくんとうなずいた。するりと離れた手のぬくもりに少しさみしさを感じる。 「ほんじゃ、ルフィには手ェ焼くだろうが…よろしく頼むよ!」 ゾロさん、フランキーさん、ロビンさんにそう言って扉に手をかけたサボさんに、ゾロさんとフランキーさんは口々に是と言う。そんな中、ロビンさんは「サボ!」と呼びとめて「は手ごわいわよ?」とだけ言ってニコリと微笑む。 「あー…おう。」サボさんはそう言って一瞬宙に目を泳がせたが、私を一瞥するとまたニカッと笑う。「お気を付けて。」私が言えば「またな!」とシルクハットを深く被って扉の向こうに消えて行った。 扉が閉まる音がしてキュロスさんの家に静寂が訪れる。 ふぅ、と大きく息をつく。嵐のようだった。昔の夢を見たせいもあるが、お別れの前に会えてよかった。 目を閉じると思い起こすのはオレンジ色の炎。ルフィさんの新しい技を見た時も驚いたが…今回は仕方ないだろうと自分に言い聞かす。コロシアムの真ん中にまっすぐに伸びた一本の炎の柱。息が止まるかと思った。 「随分大きなため息ね。」ロビンさんは組んだ足に肘をついて楽しげに私に言った。「…そうですね、サボさんの登場はさすがに驚きました。」「そういえば、ロビンさん。さっきサボさんに言ってことってどういう意味ですか?」 「サボもお年頃ってことよ。」フフフと上品に笑う姿にはぐらかされた気がするが、革命軍にロビンさんが身を寄せていた時に何かあったとのこと。深くは教えてくれなかった。 「まだ夜明けには早ェ。、もう一回寝とけ。」月明かりで顔面を修理しているフランキーさんが私に言う。「そうね、何かあれば起こすから今は寝ておきなさい。」とロビンさんにも念を押されたので、お言葉に甘えてもう一度眠る。 おやすみなさい。急にやってきた睡魔にぼんやりと呟けば再び世界は真っ暗になった。 二度目の眠りは、昔を思い出す事はもう無かった。 |