「…先客か。」

背後に気配がしたのは気づいていた。でも其処からアタシは動くつもりは無かった。
背中に感じる気配は、少しピリッとしていた。
シカトを決めていたアタシは足音が近づいてくるのも無視して、ただひたすらに目の前にある立派なソレに目を向けていた。
ずっと三角座りで座り続けてどれぐらいの時間ソレを見つめていたのだろうか。青かった空も赤く染まっていて、時間が随分と過ぎて行ったのが分かる。意識をするとおしりが痛くなってきた気もする。

コツ、コツ、コツ。
近づいていた足音がアタシの真後ろで止まった。
此処に来ることが出来るっていうことは、きっとパパかあの人の知り合いなのだろう。
パパの知り合いなら娘であるアタシを知らない人は居ないはずだ。と、言うことはあの人の知り合いか。
名前を呼ばなくても頭に浮かんでくる笑顔にズビッと鼻をすすると頭の上から「ああ、やっぱりか。」と聞こえた。
その声に振り返るつもりはない。でも一人だけ、予想がついた人が居た。
「…偶然ですね。アタシもやっぱり、と思いました。」
真っ直ぐと前を見つめて座るアタシと、隣に立つその人。
横目でちらっと見た姿はあの人よりもスラリとしていて、この人が革命軍でも5本の指に入る人間だとは到底思えなかった。
「エースからアンタの話を聞いて、一度会いたいと思ってた。」
視界の端っこで帽子を深く被る姿が見える。気にも留めていない素振りのまま、また横目で彼を見た。
「アタシも、貴方のお話はいつも隊長から聞いていました。」
「いっつも、すごく楽しそうにお話されてました。…貴方と、ルフィさんとの生活を。」
「貴方と偶然会えた時のお話も沢山聞きました。」
「貴方が生きてた、って話しながら泣いてましたよ、隊長。」
アタシが其処まで言うと、ダラリとさがっていた左手にぐっと力がこもって震えるのを我慢しているようだった。
「お会いできて光栄です、サボさん。」
ようやくサボさんの居る方を見上げれば、サボさんは驚いた表情でアタシを見つめていた。
よっこいしょ、と立ち上がるアタシにさりげなく手を差し伸べてくれたサボさんにお礼を言う。隊長とは違う流れるような動作に、そういえば隊長がサボさんは貴族出身だと言って居たのを思い出した。

(隊長だったら腕をひっつかんで無理矢理起き上がらせるんだろうな。)
その考えは一瞬で捨てたけれども。

「俺も…会えて嬉しいよ。白ひげの娘。」
いや、エースの女か?といたずらっぽく笑うサボさんは、先ほどの紳士的な印象とは異なっていた。ああ、隊長と似てるなぁ、なんて。やっぱり一緒に過ごしてきたんだな。
「もうパパは居ませんから…ただのですよ。」
それに隊長とはそういう関係じゃないですから!と強めに言ったがハハハと流されてしまった。
「エースはアンタのこと、今まで会った女の中で一番イイ女つってたけどな。」
サボさんの言葉にアタシが凍りつくのがわかった。
「…お前は愛されてたよ、。」
止まっていたはずの涙がまたこみあげてくる。ゆっくりと顔を上げて隊長のお墓に目を向けるとポロリと涙がこぼれた。

その言葉、隊長から聞きたかった。
ティーチを捕まえて帰ってきたら言いたいことがあるって言ってたじゃないですか。
隊長が完成したら見たい!って言ってたタトゥーも、とっくに彫り終わりましたよ。
ねえ、たいちょう。

「…ごめんな、エースじゃなくて。」
そういってサボさんはアタシの涙を掬ってくれる。首を振ってそんなことないです、と伝えてみるもサボさんの表情は暗いままだった。
「でもな、。」
「今日は…笑ってやってくれないか?」
サボさんはまたいたずらっ子のような笑みを浮かべて何かを取り出した。
それを隊長のお墓の前にドンッと置くとサボさんはアタシに振り返ってこう言った。

「今日は、エースの誕生日だろ!」

…やっぱりサボさんもわかってて今日来たんですね。
今日は一年が始まる日。隊長が生まれて来てくれた日。
お墓の前に置かれたそれを見ると、三つの盃とお酒。
手を引かれて座るとサボさんは盃にお酒を注ぎ始めた。
いつまでも下を向いて泣いているだけだったアタシはもういなくなっていた。


貴方が導くキセキ



パパと隊長が居ない世界を生きていく覚悟を。
サボさんの音頭でカチン、とぶつかりあった盃に込めた。