※二代皇帝の御世の話


禁城では新年を迎える際、年に一度だけ、皇族と出仕している者以外入城を許されない禁城へ煌の民が入城を許される。それを「朝歳の礼」と言う。
これは無事に新年を迎えられるのは皇族、否、現皇帝あっての事であると言う皇帝の権力を庶民にも見せ付ける示威行為である。
普段は雲の上の存在である皇族を一目見ようと庶民は禁城へとあふれかえる。



「おぉ〜あれが皇帝かァ。」
「すんげぇべべ着とるのぉ…」
「あンの皇帝のお隣にいらっしゃるのが皇后なんか?」
「皇后様は年々若くなっでねーが?」

「ねえねえ!おとう!あのひとは?」
「あ?あの今歩いてこっちに向かってる人か?」
「そう!うしろのぬのがばさーってなってるひと!」
「…あーあれは第一皇子の紅炎様だァ。」
「こーえんさま?じゃああのこーえんさまのよこは?およめさん?」
「あの人は奥方じゃねェ。ほら、他の官人と同じ服を着てンだろ?」
「うん!」
「あの人は紅炎様の側近の一人だァ。」
「そっきん?ってなあに?」
「身の回りのお世話とかしてンだろぉ。」
「へぇ〜!」


「…あンれ、おめェのところの娘っ子、何処行った?」


軽い足音。見慣れない服装。煌びやかすぎる宮中から浮いた質素な色。「あら、貴女…」少女が迷い込んでいた。
随分と宮中を走っていたのだろうか。素足は真っ赤になり、片足を引きずっていた。
少女の背にあわせてしゃがみ、目線を同じ高さにして目をあわせる。
「…迷子、かしら?」今にも泣きそうな少女は、私が放った言葉に肩を震わせ、とうとう泣き出した。残念ながら子どもをあやすなど立場上する事が無いので、どうすれば泣き止むのかわからない。それもこれも我が主や御兄弟に子宝が恵まれない…いやこの話は止そう。
それよりも目の前の少女である。おそらく「朝歳の礼」に来た際に親とはぐれてしまったのだろう。煌帝国国民の多くが禁城を訪れる日である、少し目を離してしまえば直ぐにはぐれてしまうはずだ。
知らない場所に一人になった少女に、なんと声をかけてよいかわからず、つい刺激を与えてしまうような言葉をかけてしまった…と思ったところで今更どうにもならず。
少しでも泣き止まないかと、少女の頭をそっと撫でた。「…ご両親と来たの?」と聞けば、嗚咽の合間に今にも消えそうな声で「おとう」と聞こえた。多分父親の事だろう。
「泣き止んだら、一緒に広場まで行きましょう。」そう声をかけると、小さく頭が上下に揺れた。
紅炎様は先ほど「朝歳の礼」の為に広場を見下ろす事が出来る禁城上階の露台へと向かわれた。私も紅炎様の従者の一人として途中まで付き添ったが、やはり女である手前、奥方に申し訳が立たないので、露台に立たれた紅炎様を見送り、そっと下がったのだ。

一応広場の様子を見に行こうと移動していた矢先、彼女に遭遇した。

なかなか泣き止まない少女の頭を撫でてあやしているつもりなのだが、如何せんどうすれば泣き止むのか分からず、時間だけが過ぎている気がする。
どうしたものかと首を捻っていると背後から、毎日聞くその声に名前を呼ばれた。
回廊を颯爽と歩くそのお姿は威厳があり、翻る外套がまた我が君の存在感を際立たせている。
「どうしてこちらに…?まだ「朝歳の礼」は終わっていないようですが…」「抜けてきた。」
えぇ!?と思わず大きな声を出した私にビクリと少女は肩を跳ねさせた。しまった、と思ったのも時既に遅く、先ほどよりも大きな声で泣き始めた。
慌ててあやしはじめるも先ほどまでようやく落ち着き始めて居たのにどうしたものかと内心かなり焦っていた。
「…その子どもは?」と紅炎様が少女に目を向けられる。
「それが、どうやら父親とはぐれてしまったようで、探しているうちに宮中に迷い込んでしまったようで…」衛兵が其処かしらに居る中どのように迷い込んだのかはわかりませんが、少なくとも間者の類では無いと思われます。
そう言うと、私はいよいよ埒が明かないと思い少女を抱き上げた。「彼女は害は無いかと思いますが、万一紅炎様に何かあっては困りますので、広場の様子を見るついでに父親を探してまいります。」
では、失礼致します。紅炎様に踵を返して広場へと向かおうとしたが、「こーえんさま?」と声を発したので足を止めた。突然ぴたりと泣き止んだ少女は、幼子特有の大きな双眸で我が君を見つめていた。
「さっきね!ひろばからみたよ!こーえんさま!となりにおねえさんがいて、あるいているところ!みえたよ!」と、笑顔を紅炎様に向けていた。
恐る恐る紅炎様に目を移すと、無表情で少女を視界にとらえていらした。「その隣に居た女が、今お前を抱き上げているぞ。」そう紅炎様がおっしゃると、「じゃあおねえさんがこーえんさまのおよめさん?」と私に訊ねた。
「いえ、わたくしは紅炎様の従者であって…」と答えるものの、従者と言う言葉がいまいち理解出来ないらしく、少女は眉をひそめたままこう続けた。
「でもおとうがいってたよ?おねえさんはこーえんさまのおせわをしているひとって。」「それっておよめさんのことだよね?」
少女の無垢な質問に私は思わず身体を凍りつかせた。「ち、違います…えっと…」あまりに焦りすぎて言葉が出てこない私を他所に、紅炎様がそっと少女の頭を撫でて「そうだ。」と呟いた。

今、紅炎様が何をおっしゃったのか自分には意味を上手く噛み砕く事が出来ず、ただ呆然と無表情で少女の頭を撫でる我が主を見つめる。腕の中に居る少女はと言えば表情はわからないものの、我が君に撫でられてくすぐったいのかきゃっきゃっとうれしそうな声をあげていた。
「父親を探しに行くのだろう。」紅炎様のお声にようやく我にかえる。「は、はいっ…行ってまいります。」と言い、紅炎様に一礼をして回廊を足早に去る。
「この辺まで来れば…」広場と回廊が繋がる付近であたりを見渡す。「朝歳の礼」も終わり、集まった煌国民は先ほどより随分とまばらになっていた。「あ、おとうっ!」少女が声をあげると、目の前に居たきょろきょろと目線を泳がせて居た男性はこちらを向いて大きな声で名前を呼んだ。
抱き上げていた少女を降ろすと、直ぐに少女は父親の元へ走り、抱きついていた。父親もまた安堵の声をあげていたので、私も息を吐いて少し肩の力が抜いた。
少女が何かを告げたようで男性はこちらを向いたが、私は会釈をしてそっと我が君のもとへと引き返した。



「おめェ何処行ってたんだ!心配したんだぞ!!」

「ごめんなさい…おとうとはぐれちゃっておとうをさがしてたらおしろにはいっちゃったみたいなの…」
「そしたらね、あのおねえさんがたすけてくれたの!」

「…え?」

「あのおねえさんね!さっきこーえんさまのとなりにいたおねえさんなんだって!!」
「おねえさんがあたしをだっこしてくれて、こーえんさまがあたまなでてくれたんだよ!」

「こ、紅炎様…だとォ…?」

「うんっ!おねえさんがそうよんでたよ!」 「でもってね、おねえさんはやっぱりこーえんさまのおよめさんなんだって!」
「こーえんさまが「そうだ」っていってたよ!!」

「…おめェ…ホントによぉ…無事でえがった…」

「おとう?どういうことぉー?」
「(…第一皇子がコイツを切り捨てなかったのは、あの側近が絡んでるンだろうよォ…)」


「おめェは運が良かったってこたぁ…」





「紅炎様。」
「…戻ったか。」

「戻ったか、ではございませんよ…」
「何故否定なさらなかったのですか!」

「…何の話だ。」

「先ほどの少女が奥方だのどうのと言っていた件についてです。」

「お前も言葉に詰まっていたではないか。」
「事実、俺の身の回りの世話をしている時もあるだろう。」

「…している時も、ですか…」
「あぁ。」

「…屁理屈ですね。」

「あの発言によって、少女の父親にわたくしが宮女か何かと間違えられた場合、「朝歳の礼」に少しの間とは言え、紅炎様のお側で参列していたのを見られている可能性がある事が心配なのです。」
「「第一皇子は宮女に手を出したうえに公の場に連れていた。」など城下で噂になってしまっては、どの面を下げて参内すれば良いのか…」

「…」

「とにかく。」
「子どもであるとは言え、あのような軽率な発言はお控えくださいませ。」
「貴方様らしくない行動です。」

「…」

「では、一度書庫に戻ります故、何かございましたら遣いの者をお送りくださいませ。」
「あぁ。」

「失礼致します。」




「…らしくない、とは。」
「お前から見た主はどのように見えているのだ。」

。」