「失礼いたします、紅炎様!」 「何を慌てている。」 「昨日の夜から何も召し上がっていらっしゃらないのに、慌てなくてどうするのですか!」 「反応が無い、と侍女の方々が泣きついてこられましたよ!」 「…ああ。」 「あぁじゃ、ありませんよ…!」 「しっかりご飯は食べてくださいませ。」 「すっかり冷めてしまいましたが、本日の夕餉になります。」 「…棘があるな。」 「当然です。元々毒見で冷めているなど言い訳は聞きません。」 「…そういうお前はいつから寝ていない。」 「…何のことでしょうか。」 「この隈。」 「…」 「答えろ。」 「いだっ、痛いです…頬を抓らないで下さい…っ」 「。」 「…まだ二日目と半日です。」 「お前の方がいつ倒れてもおかしくないではないか。」 「総督閣下が倒れられるのと一介の官吏が倒れるのは話が違います。」 「それに『煌史』官吏一覧表の製作が落ち着いたので、今日はゆっくり寝るつもりです。」 「…夕餉はもうよろしいのですか?」 「ああ。」 「それでは侍女の方に下げていただきます…ねっ!?」 「おい、外に誰か居るか。」 「はい。こちらに。」 「飯を下げろ。」 「畏まりました。」 「あ、あの、紅炎様…?」 「う、腕を離して頂いても、よろしいでしょうか…?」 「…」 「こ、紅炎様!」 「し、し、しししん、寝所はいけません…!!」 「わたくしは紅炎様付きの侍女ではございませんよ…!」 「うるさい。」 「あまり騒ぐと口を塞ぐぞ。」 「っ…し、しかし…」 「俺も昨日はあまり寝ていない。」 「お前が今日も徹夜しないように見張るついでに側に置くだけだ。」 「です、が…」 「大人しく従っておけ。明日からまた『煌史』編纂に追われるぞ。」 「明日は義母上が『煌史』編纂との様子を見に来るそうだ。」 「い、いきなりですね…」 「まあ、別に卑しい物があるわけでもないのでいつ来ていただいても構いませんけど。」 「おやすみなさいませ…紅炎様。」 「(珍獣なぞが紅炎様に心配をさせてしまった上に、迷惑までかけてしまったわ…不敬罪だ…死にたい。)」 「(朝起きたら侍女に勘違いされる、と言うところまでこいつは考えが至っていない、か。)」 「(文官としては禁城で横に並ぶ者は居ないが、肝心なところが抜けている。)」 「まあ、其処がこいつの面白いところでもあるがな。」 (練 紅炎) 「ギャハハハハ」 「…兄上、下品な笑い方をしないで下さい。恥ずかしいです。」 「、どうしたのだ…」 「…あまり言いたくないのですが、一度だけお見かけした紅炎様のご側室の方に呼ばれて向かった先で落とし穴に落ちて、その上沓を片方何処かに棄てられました。」 「ボロボロですなァ〜」 「…怪我は?」 「はい、幸い落とし穴も泥の中だったので怪我は特に…」 「ですが、思わずご側室を殴ってしまったので紅炎様にご迷惑をおかけしてしまったかもしれません…」 「おい……女性に手出すなよ…」 「兄上、私も女なんですけど。」 「ただの文官だと思って陥れたつもりだったんだろうが、ウチは元々武官の一族だからな…」 「よそから来たお姫さんは知らないかもしれねぇけど。」 「…申し訳ございません…紅炎様のご側室にお怪我をさせてしまって…」 「気にするな。」 「…どの女か知らんが、我が国と同じ『礼』を持たぬ夷狄の小国など潰してしまえばいい。」 「十分、大義名分にもなりますなァ〜。」 「え、いや、そ、其処までは…皆さん紅炎様がお好きなだけで…」 「好意があれば人を貶めても良いのか。」 「で、ですが…」 「それにしてもお前が此処までボロボロなのひっさしぶりじゃねぇか?」 「ん〜…どうであれ少しやりすぎ感はありますな〜。」 「…あぁ。それは多分…紅炎様の寝所から出てきたところを見られてしまったからでしょう。」 「はぁ!?」 「昨日書庫で徹夜をしようとしたところ紅炎様に見つかってしまい強制的に…」 「…またか。」 「ん〜…確かに若との関係は傍から見れば紛らわしく見えますからなァ〜…」 「…の怪我を大義名分に女の祖国に攻めるか。」 「御意。」 「可愛い妹の為なら一国ぐらいはなァ…」 「駄目です!絶対に駄目ですから!」 「せ、せっかく被害も少なく我が国に下った国なんですから…!」 「こ、紅炎様…!待ってくださいー!」 (練 紅炎) 「なァ、。」 「なんですか、兄上。」 「ずーっと気になってたんだけどよ、」 「お前、何でいつも紅炎様と同じ絨毯に乗ってるんだよ。」 「…私も出来ればお断りしたいのですが、」 「紅炎様に申し付けられているので…」 「(またか…)」 「おまえ、さ。」 「…なんでしょう。」 「よく今まで死ななかったな。」 「…それは、女性にまつわる諸々でしょうか?」 「…おう。」 「私もいつかご側室に刺されないかと心配しているのですが。」 「我が君の命は逆らえません。」 「…自分の妹ながらお前は名臣だと思うぜ。」 「ありがとうございます。今後も一層紅炎様に忠誠を誓う次第です。」 「(褒めてねぇよ、鈍感。)」 (李 青秀) 「紅炎様。」 向風にの髪が軽やかに靡いた。 大軍を率いて戦に出るのは初めてではない。勿論も。 最後方となる本陣が見下ろすのは崖の下で隊列を組む歩兵。 戦の為に軍議によって決まった陣形がわらわらと組んでいるのが松明の火で照らされる。今日は夜襲をかけて一気に敵国の本陣へと突破するつもりである。 「紅炎様。」 「…何だ。」 靡く横髪を押さえ、目線は歩兵に向けたままは問う。 「戦は正直あまり好きでは有りません。」 「ですが…戦の出陣の号を下す際だけは、背筋がぞくりとするほどに快感を得てしまうのです。」 「…私も紅炎様の臣下であるのだと、いつも思うのです。」 戦好きの我が君に感化されているのでしょうか、と笑うは松明の灯もあって戦場には似合わぬ愁いを含んでいた。 互いに何も話さぬ静寂が降りていた。その静寂は重いが決して気まずいものではなかった。 しばらくして歩兵の準備が整ったと伝令が入り、緊張が走った。 愁いを含んでいたの表情には既に凛々しさが戻っていた。 「それでは、紅炎様。」 「あぁ。」 「…檄などはよろしいのですか?」 「俺の檄など無くてもお前の一言で歩兵の士気など直ぐにあがるだろう。」 はあ、と腑に落ちない表情を見せたが、は直ぐに歩兵に顔を向けると眉を吊り上げて羽扇を前に伸ばした。 「今宵の夜襲にこの戦の全てが掛かっている。」 「全軍、我が国の勝利の為に戦え」 出撃、が叫ぶと歩兵の雄雄しい声が木霊する。 我が軍の誰よりも檄を効率よく飛ばす事が出来るのはしか居ない。 女ながら第一皇子である自分に仕えているだけあってか、李と言う女は公私共に実に手離しがたい奴だ。 歩兵の隊列を静かに見守る賢臣を一瞥すると、本陣の幕内へと踵を返した。 (練 紅炎) |