「はい、出来ました。」
「ありがとー。」
「いいえ、もし紅覇様がお怪我をされたとあのお三方にばれたら怖いので…」
じゃなかったらもっと容赦ないと思うけどねぇ。」

「紅覇様、いつも言っておりますが、身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり。ですよ?」
「わかってるよぉー。」「ていうか、ほんっとの話って難しくてつまんないんだよねぇ。」


「そんなんじゃ炎兄に嫌われるよ?」


「紅覇様、何のお話でしょうか…?」
「えぇ?」
「あ、いや、紅炎様とはいつもこのようなお話ばかりしているので…」「むしろそれ以外になんのお話をすればわからないのですが…」
「え、って本当に炎兄のことなんとも思ってないの?」
「思っていないなどあるはずがございません!文武両道のまさに王の鑑であると常にお話をしていて感じます。」

「その思ってるとは違うしィ…」
「え!?で、ではどのような…」
「なんていうか、なんでなんかを炎兄が気に入ってるのかますます理解出来ない。」

「…それは、わたくしもいつも思います…」


(練 紅覇)



「紅炎様は本当に学がお好きでいらっしゃいますね。」
「…いきなり何だ。」

「いえ、本来殿方でしたら書簡を読む時間があれば女性と戯れをなさっていてもおかしくないのでは、と思ったもので。」

「…」
「お、怒らないでくださいね…?」

「今、『煌史』の王統譜編纂をしておりまして…」
「紅炎様は平定した国や邑の長の娘を側室として迎えられておりますが、」
「正室はお迎えになさらないのですか?」

「…」
「正室には知識に富んでいるのが必至だな。」


「紅炎様ほどの知識に富んだお方、という事でしょうか?」
「ああ。」
「…それに加えて紅炎様のお気に召す女性となるとまさに才色兼備ですね。」


「(目の前に居るではないか、と言っても気付かないだろうな。)」


「うーん、白瑛様のようなお方とか?でしょうか…」
「白瑛は血のつながりが薄いとは言え仮にも兄妹だろう。」

「の、ようなお方、です。」
「このままでは紅炎様の正室の部分だけ空白になってしまいます…」
「我が君の後世での威厳に関わります…二十八にもなって正室が居ないなど…」
「女性に興味が無かったと言うのも語弊がありますし、どう書いてよいのやら…いっそ誰か名前だけでも…」


「ならばお前の名前でもいれておけ。」


「わかりまし…え?」
「わ、わたくしですか?それは色々と無茶が過ぎます。」

「いっその事『煌史』のにまつわる部分は俺が直々に書こうではないか。」
「い、いや、そういう時だけ目をギラつかせないでください…!」

「おい、その今まさに『煌史』を書いている筆と墨を寄越せ。」
「だ、駄目ですってば…紅炎様…!」


(練 紅炎)



「おや、黄文殿ではないですか。」
「…糞女か。」
「誰が糞女ですか、誰が。」

「まったく、同期であるのに何故其処まで嫌われているのやら…」
「絶対わかってやっているだろう!同じ試験を受けて合格しただけでなく女の癖に第一皇子に仕えているなど…」

「わたくしと我が君は幼少の頃に面会しておりますゆえに。」
「いやはや、家の差でしょう。」

「…貴様、」
「貴族のお前が科選試験に合格をしたために、地方の人間が一人不合格になったのだ!」

「まあ、黄文殿が言いたいことはよくわかりますよ。」
「私だってこんな家生まれたくて生まれたわけではないですし、もし普通の民家に生まれていたら今頃後ろ指を差されてまで禁城で働いているわけがない。」
「…それに李家に生まれたとして女ではなかったら科選試験だって受けず、とっとと家の推薦で出仕しておりましたよ。」

「…眉間に皺が寄っているぞ。」

「はは、こういう顔ですよ。」
「いだ、いだっ眉間押さえないでくださいよ!」

「馬鹿者。」
「私、黄文殿のそういうところ、凄く素敵だと思います。」


「…あの強がりめ、」


(夏 黄文)



「失礼いたします、李でございます。」
「入れ。」

「しつれいいたしま…こ、紅炎様!」
「うるさいぞ、。」
「また書簡が増えておるようですが…?」
「…」

「わたくし、いつも申しておりますが…?」
「床に書簡を放り投げないでください、と。」

「熱心なのはよろしいのですが、周りが見えなくなる癖をどうにかしてくださいませ。」
「…すまない。」
「では紅炎様、そちらに散らばっている書簡を集めてください。」
「何か用があったのではないか?」
「問題ございません。それよりこちらの方が今後の研究に障りが生じます。」
「…そうか。」


「(こ、こういう時だけは我が君が生活力の無い駄目皇子に思えてしまう…)」


「…ではこちらの書簡は書庫の方に返却しておきます。」
「頼む。」

「紅炎様の私物である書簡はこちらの棚に。」
「ほぼ歴史に関する書簡でしたので時代順に並んでおります。それ以外は文字順に並べました。」


「お前は、官吏と言うよりは侍女の鑑だな。」


「…は?」
「ただの従者であれば此処まで主の世話なぞしないだろうに。」

「どんな戯言ですか…いいですか、我が君。」
「それでなくてもすぐにバラけてしまう書簡をこれ以上破損に追い込むわけには行きません。」
「それでなくても一度解けてしまえば修復するのに時間が掛かる上に、もし踏んで割れでもすればその部分を書き直さねばなりません。」
「墨は薄くなるので定期的な検査も必要で、その都度書き直しをしております。」

「書簡の管理に時間を取られてしまうと、その分紅炎様に申し付かっているトラン語の歴史や我が国の歴史書編纂が進まないのです、わかりますか?」
「ですから、紅炎様であろうとも書簡は大事に扱ってくださいませ。」


「…やはりお前は官吏の鑑だな。」


「当然です。」
「ちなみにお部屋を訪ねさせていただいたのは、先ほど侍女の方からこれを渡されました。」

「…」

「見に覚えはございますね?」
「寝所での読書はお控えくださいませ。事故であったとしても書簡を落とされては困ります。」
「割れた部分は先ほど既に書き写し、結び直しを行ってから書庫に返却いたしました。」

「…以後気をつける。」

「次に書簡を割られたら我が君であったとしても一字一句間違いなく書き写していただきますので。」

「…ああ。」
「(普段使うことのない歴史に関する書簡を丸覚えしているなど禁城内でもお前だけだろうに。)」


「相変わらず色気のない従者だ。」


(練 紅炎)