私の家はいわゆる名門と呼ばれる一族だ。
前皇帝・練 白徳様の御世もそれなりの地位でそれなりに軍事に関与をしていた。

しかしながら現皇帝、いや前皇帝になるのだろうか。
練 紅徳様が起こした反乱時に私の一族は大きく貢献をし、所謂功臣の一族となった。
元よりおじい様は軍事の重臣として初代・二代皇帝にお仕えしており、現在も右将軍として臣下において左将軍と共に軍事の頂点に立っていると言ってもよい。
皇帝が紅徳様になってからの我が一族の反映と言えば火を見るよりも明らかであった。
それまでは一皇族でしかなかった紅炎様が一気に第一皇子として皇位継承の筆頭に踊り出られ、紅炎様の重臣である兄上は第一皇子の従者として権威を大きくした。
更に私の弟は白徳様の御世から第一皇女である白瑛様の従者をしている。反乱後も変わらず第一皇女に就かれている白瑛様は迷宮攻略後に将軍も兼ねられたために、弟は現在征西軍将軍を一番近くで支えていることになる。
また、白瑛様の弟君である第四皇子の白龍様も我が弟を良き好敵手として認めておられるようで何よりである。

そして、わたくし李は恐れ多くも兄上と同じく征西軍大総督である第一皇子・紅炎様にお仕えしております。

我が李家は先ほども言ったように自分で言うのもなんだが名門である。
男子が生まれるのはとても喜ばれるが、女子となると少し違う。
後宮に入れても恥ずかしくないようにそれなりの教養を身につけさせて出仕させるのが常であった。
しかし私は男兄弟に囲まれて育ったために兄や弟の鍛練に付き合ううちに武芸を体得した。もちろん武芸では兄弟には勝てないのも理解していた為に文学も人一倍学んだ。
それは文学では間違いなく李家当代一であると禁城にも知れ渡る程であった。その噂は過大ではないと言わしめるかのように、出仕前でありながら私は宮廷内の書庫にある書簡は全て把握済みであるし、女が触れない兵法もしっかり叩き込んでいた。
その噂が噂を呼び、幼い頃に紅炎様のお話相手をさせていただいた。
紅炎様はその当時から我が国の歴史に大変興味を持っておられたために、自身の持つ知識はとても重宝された。
女であることが最後まで枷となり、武官としては出仕は出来ないだろうと一族で判断が下り、我が一族では珍しく貴族枠で推薦があるにも関わらず敢えて文科選試験を受験し、三日間密室に篭りきり、問題をひたすら解いた。
噂に違う事なく、隣からな気が触れたような声がしたり、向かい側には役人の声がしたのでどうやら舌を噛んで死んだ奴も居たようだ。それほどまでに難しいと言われてきた試験であるが、無事に合格し、名実共に女性初の官吏となった。

その後は貴族の浮ついた娘の侍女としてではなく官吏試験を受けた正式な文官として紅炎様の従者に選ばれた。
もちろん紅炎様付きの侍女、後宮の紅炎様の側室の方々から所謂いじめやら強請りも経験したし、第二皇子・紅明様や第三皇子・紅覇様のあわよくば妾の座を狙う女たちからも散々な目にあった。
どうしても第一皇子だけでなく、他の皇子との接点も出てくるからだと思うが、毎回女性から何かをされるたびに兄上は下品に大口を開けて笑うし、あまり笑われることの無い紅炎様ですら私が泥をかぶったり水をかぶったりすると愉快だといわんばかりに微笑んでいらっしゃった。
その笑みに最初は嫌われているのかと思ったが、擦り寄らずまっすぐに紅炎様に仕える私が珍獣か何かのように見えていたのだろう。今ならわかる。

また、私に対する醜いイビリも最初のうちのみ。
功績を残してしまえばこちらのものである。何を言われたところで私は女を使って地位の確立をしようとしているわけでも、妾や正妻の座を狙っているわけでも無い事はあっという間に浸透した。
軍議があれば紅明様と共に軍略を考え、何も無いときは書庫の管理や歴史書の編纂を、そして呼び出されれば紅炎様の私室にて歴史や諸子について諸々の議論を行う。
紅炎様が次期皇帝になられる際は中書省長官である中書監に最も近いとされている。正直政治には興味が無いのでどうでもいいが。

私は元々学ぶ事が嫌いではなかった為にこうして才能が開花したわけであるが、出仕後も時間が空けば勉学に勤しんでいる。
しかし今ある書簡では行き詰ることも多く、紅炎様にポツリと洩らした言葉をきっかけにトラン語の書物を閲覧させていただくこととなった。
我が国や、レーム帝国、エリオハプトなどの諸国とはまったく違うその文字に心惹かれたのは言うまでも無いだろう。独自に紅炎様が解読していらっしゃった文も含めてこの世界の歴史についてを解読するのが今の私の最優先で申し付けられている命だ。
そのために紅炎様の従者として紅明様や紅覇様の迷宮攻略にも馳せ参じている。もちろん私の収穫はトラン語の方であるが。
現在に至るまで紅炎様と行き着いた結論が別の世界の話だ。先日二代皇帝の崩御にて煌帝国の皇子・皇女が皆祖国に帰還なされた際に白瑛様や白龍様、そして紅玉様に告げられたあの歴史の謎である。
その空白の歴史について触れている文書の少なさや解読できない文字もあり、まだまだ難航している。

今日も書庫の整理を終えて書庫に置いている文机に向かう。
トラン語の解読の傍ら、煌帝国の歴史書の製作も前皇帝の勅命で申し付けられているので、トラン語に行き詰ると煌帝国にまつわる書簡を引っ張り出しては表の製作等に追われていた。
窓の無い書庫で燭台を用意して文机に向かっていると我が君が来られた。
「やはり此処に居たか。」「いかがなさいましたか?紅炎様。」
文机の前に来られた紅炎様は机に書簡を一つ置かれた。「これは?」と聞けば「お前が欲しいと言っていた煌の起源にまつわる書簡だ。」紅炎様の手によってカラカラ音を立てて広がるそれは題目を見る限り間違いなく我が国の元となる国や説話が書かれている書簡であった。
ありがとうございます、とその書簡を手に持って早速文字を追いかける。これで歴史書の冒頭となる部分を引用できる。私の姿を見た紅炎様が「相変わらず書簡を持たせばと水を得た魚のように目が輝くな。」と小さく笑われた。
「喪が明ける頃にはバルバッドに向かう。準備はしておけ。」そう言い残して紅炎様は私の頭を撫でて書庫から去られた。
先日の二代皇帝・紅徳様の国葬後、先鋒隊を牽いておられる紅覇様は直ぐにバルバッドからマグノシュタットへと戻られたが、紅炎様はしばらく禁城に残ることになっていた。
もちろん喪に服す意味もあるが、三代皇帝である玉艶様の様子見やら理由は多々あった。もちろん紅炎様がバルバットに進攻なさらない限り、私も禁城で過ごすことになる。
此処数年西への進攻を重点に置いているため、私も禁城に戻ることが少なくなっているため、こちらにいる間に出来るだけ作業を進めておきたいのである。
故に文字をどんどん目で追いかけ、筆を進める。皇帝の勅命を受けることは大変ありがたいのだが、如何せん膨大な史料の中から国にまつわる史料を探し出し、歴史書を作るのは骨が折れる作業である。
紅炎様が去られてからどれぐらい時間が経ったのかわからないが一心に筆を進め、気付けば朝であった。
たまたま書庫に来られた紅炎様に徹夜をしたことが気付かれて怒られてしまったのは後ことで、以降、私が書庫に篭ると紅炎様が様子を伺いに来られるようになったのはまた別の話である。