DIARY//SS



「これ、ください。」
「500円です。」
「え、そんな安いんですか?」
「え?」
「あ、いや、これ…珍しい本だから…思わず…」

「それ、図書館から流れてきた本とかだと思う…ほら、後ろに。」
「あ、ホントだ。」

「でも、すごく嬉しい…。」
「これ、日本語じゃないけど読めんの?」
「え、あ…まあ…勉強に必要なので…」
「へぇ…」
「あ、ありがとうございます。」

「あ、あの…また、来ます。」
「次は好きな本の初版買いに来ます。」
「今日はお金そんなに持ってないから…」

「あ、うん。待ってる。」


(おいおい誰が待ってるってー?)
(また面倒ごと起こす気…ではなさそうね。)
(青ちゃんぼーっとしてるよ?)


(東京バンドワゴン/堀田青)



今日は珍しく定時に帰れるとのことで賢木先生と夕飯をご一緒させてもらうことになっていた。
とは言え怪我人がいつ運ばれてくるかわからないので、ある程度の時間までは行動を共にしておいたほうがよい、という先生の判断なのだけど。
「綺麗なお姉さまとのお時間を無駄にしてすみませんね。」
と皮肉じみて言えば私の髪をくしゃりと混ぜて「可愛い助手と一緒だから気にすんな。」と一蹴された。この人はこういう時すごくずるいと思う。
「拗ねるなよ。」と楽しそうに聞こえる声が私を追いかける。足の長さの違いなのか早歩きで歩いたはずなのにすぐに追いつかれた。追いついてなお「まあ、そういうところも可愛いけどな。」なんて歯が浮きそうなセリフを言うのだから本当に女性が落ちる態度をこの人はよく知っていると思う。

立ち止まりそうになるのを我慢して歩いていると突如目の前に人が現れた。多分テレポートなんだろうけどこんな街角でテレポートを行うなんてよっぽど肝の据わった人だと冷静に思う一方で身体は急に止まれず、その人とぶつかりそうになった所を賢木先生に後ろから腕を引っ張られてなんとか衝突だけは防げた。
賢木先生の腕の中と言う顔をあげることが出来ない体勢をそそくさと逃れてお礼を言うと正面に居る人に向き合った。

その人は漆黒の学ランに銀色の髪がよく映えていた。加えて夜の闇もその銀色を浮かび上がらせているようだった。男性はそっと屈むと、ぶつかりそうになった際に落ちたらしい私の携帯を拾い上げて渡してくれた。
「あ、ありがとうございます。」彼の手から携帯が離れる間際、その人から笑顔が消えた。
「その、ストラップは…」「え、あ、祖母の形見で…」古びたロケット。錆びて中を見ることは出来ないが祖母の大切な人に関わる何からしい。ぎゅ、とストラップを握るとその人は「そうか…」とだけ言った。

「おい兵部。こんなとこで何してんだよ。」隣の賢木先生がその人に投げかける。「ちゃん、コイツが前に言ってたパンドラのリーダーだ。気をつけな。」と先生は私をかばうように前に立った。
「ヤブ医者をちょっと見かけたから驚かしてやろうと思っただけさ。」「むしろ、今日は僕の方が驚かされてしまったようだけど。」そう言うと兵部さんは私をちらりと見た。
「その子は新しい助手?」と言う問いに思わず「は、はい!半年ぐらい前から賢木先生の助手をしてます、と言います。」と答えてしまい、賢木先生にわざわざ自己紹介しなくていいと怒られてしまった。
「…はあ。…彼女は電気制御を能力としてる。人体に関する信号やらに有効だから俺の助手として今バベルに居んだよ。」わかったか、と吐き棄てるように言った先生に対して兵部さんは「電気制御、か。」と呟いた。
「あ、あの…」「蕾見管理官に初めてお逢いした時も同じ反応だったんです…もしかして、何かがあるんですか?」
私の問いに兵部さんは黙り込む。賢木先生も何か言いたそうな表情で私を見ていた。
「…君に直接は関係が無いかもしれないけれども、僕や不二子さんの古い友人にね。」「君のおばあ様が関わっているんだよ。」と寂しそうに笑っていた。

「と、言うわけで。よかったら僕らパンドラに来ないかい?」「今ならこの可愛い僕のストラップも…」またしても兵部さんはテレポートで賢木先生の背後に居る私に近づいた。私の手を取り、パンドラへの入会を勧めて来たが、すかさず先生が間に入ってそれを阻止する。
「なぁにが!と、いうわけなんだよ!!ちゃんを犯罪組織なんかに勧誘すんじゃねーよ。」手を離せロリコンジジイ!
ちっ、と舌打ちをした兵部さんは「男の嫉妬は見苦しいぞヤブ医者。」「また気が向いたらいつでもおいで、。」と言い残してテレポートで何処かに消えてしまった。
「またあのロリコンが現れたら直ぐに俺に連絡しろよ?いいな?」「は、はい。」うし、じゃあ飯行くぞ、飯。と私の腕を引っ張って歩き始めた賢木先生には先ほどまでの不機嫌そうな表情は既になかった。
掴まれている腕が心臓みたいに脈を打って熱い。いつもは大人の余裕を見せる賢木先生が始めて余裕のない表情をしていた。普段見ることの出来ない一面が見られただけでも舞い上がりそうなぐらい嬉しいのに、私の返事一つで子供のような笑顔を見せた先生はとことんずるい。


(絶対可憐チルドレン/賢木修二)※志賀さん短編の続き



「京介は昔はあぁじゃなかったのにブツブツ…」

「志賀くん…なんかあるたびに夢枕に立たないでって言ってるじゃない…」
「どうせ起きたらあたくしはサッパリ忘れてるんだから…!」

「あんなに京介は純粋で可愛い弟だったのにさ…」

「ええい!女々しいわね…!」
「あ、そうだ。」

「?」

「今日…貴方の恋人の孫に逢ったわ。」
「志賀くんと同じ、電気制御が出来るらしいわよ。」

「…」

「でもアンタの子孫じゃないでしょ?」

「た、多分…」

「え、ちょ!どう言う事よ!!」
「いつそんな行為が出来たのよ!!」
「いつヤッたのよ!!吐け!!!」

「ふ、不二子くん…」

「…まあ、どっちにしろ孫いわく、志賀くんに関しては今でも大切な人とは思ってるらしいわよ。」
「あたくしなんかの夢枕に立たずにそっちに行けばいいのに。」

「…」

「はっきり言うわ…」
「寝苦しいからもう夢枕に立たないでちょーだい!!」

「…はい。」


(絶対可憐チルドレン/志賀忠士)※短編と↑の続き



私の家はいわゆる名門という一族だ。
前皇帝・練 白徳様の御世もそれなりの地位でそれなりに軍事に関与をしていた。

しかしながら現皇帝、いや前皇帝になるのだろうか。
練 紅徳様が起こした反乱時に私の一族は大きく貢献をした。所謂開国の功臣の一族となった。
元よりおじい様は軍事の重臣として初代・二代皇帝にお仕えしており、現在も右将軍として臣下において左将軍と共に軍事の頂点に立っていると言ってもよい。
皇帝が紅徳様になってからの我が一族の反映と言えば火を見るよりも明らかであった。
それまでは一皇族でしかなかった紅炎様が一気に第一皇子として皇位継承の筆頭に踊り出られ、紅炎様の重臣である兄上は第一皇子の従者として権威を大きくした。
更に私の弟は白徳様の御世から第一皇女である白瑛様の従者をしている。反乱後も変わらず第一皇女に就かれている白瑛様は迷宮攻略後に将軍も兼ねられたために、弟は現在征西軍将軍を一番近くで支えていることになる。
また、白瑛様の弟君である第四皇子の白龍様も我が弟を良き好敵手として認めておられるようで何よりである。

そして、わたくし李は恐れ多くも兄上と同じく征西軍大総督である第一皇子・紅炎様にお仕えしております。

我が李家は先ほども言ったように自分で言うのもなんだが名門である。
男子が生まれるのはとても喜ばれるが、女子となると少し違う。
後宮に入れても恥ずかしくないようにそれなりの教養を身につけさせて出仕させるのが常であった。
しかし私は男兄弟に囲まれて育ったために兄や弟の鍛練に付き合ううちに武芸を体得した。もちろん武芸では兄弟には勝てないのも理解していた為に文学も人一倍学んだ。
それは文学では間違いなく李家当代一であると禁城にも知れ渡る程であった。その噂は過大ではないと言わしめるかのように、出仕前でありながら私は宮廷内の書庫にある書簡は全て把握済みであるし、女が触れない兵法もしっかり叩き込んでいた。
その噂が噂を呼び、幼い頃に紅炎様のお話相手をさせていただいた。
紅炎様はその当時から我が国の歴史に大変興味を持っておられたために、自身の持つ知識はとても重宝された。
女であることが最後まで枷となり、武官としては出仕は出来ないだろうと一族で判断が下り、我が一族では珍しく文官を輩出することとなった。更に貴族枠で推薦があるにも関わらず敢えて文科選試験を受験し、私は三日間密室に篭りきり、問題をひたすら解いた。
噂に違う事なく、隣から気が触れたような声がしたり、向かい側には役人の声がしたのでどうやら舌を噛んで死んだ奴も居たようだ。それほどまでに難しいと言われてきた試験であるが、無事に合格し、名実共に女性初の官吏となった。

その後は貴族の浮ついた娘の侍女としてではなく官吏試験を受けた正式な文官として紅炎様の従者に選ばれた。
もちろん紅炎様付きの侍女からも所謂イビリはあったし、後宮からは紅炎様の側室の方々からもイビリはあった。更に言えば第二皇子・紅明様や第三皇子・紅覇様のあわよくば妾の座を狙う女たちからも散々な目にあった。
どうしても第一皇子だけでなく、他の皇子との接点も出てくるからだと思うが、毎回女性から何かをされるたびに兄上は下品に大口を開けて笑うし、あまり笑われることの無い紅炎様ですら私が泥をかぶったり水をかぶったりすると愉快だといわんばかりに微笑んでいらっしゃった。
その笑みに最初は嫌われているのかと思ったが、擦り寄らずまっすぐに紅炎様に仕える私が珍獣か何かのように見えていたのだろう。今ならわかる。

そんな、私に対する醜いイビリも最初のうちのみ。
功績を残してしまえばこちらのものである。何を言われたところで私は女を使って地位の確立をしようとしているわけでも、妾や正妻の座を狙っているわけでも無い事はあっという間に浸透した。
軍議があれば紅明様と共に軍略を考え、何も無いときは書庫の整理と管理を、そして呼び出されれば紅炎様の私室にて歴史や諸子について諸々の議論を行う。
紅炎様が次期皇帝になられる際は中書省長官である中書監に最も近いとされている。正直政治には興味が無いのでどうでもいいが、この禁城で李の文官の地位はほぼ確立していると言えるだろう。

今日も書庫の整理を終えて書庫に置いている文机に向かう。
トラン語の解読の傍ら、煌帝国の歴史書の製作も前皇帝の勅命で申し付けられているので、トラン語に行き詰ると煌帝国にまつわる書簡を引っ張り出しては表の製作等に追われていた。
私は元々学が嫌いではなかった為にこうして才能が開花したわけであるが、出仕後も時間が空けば勉学に勤しんでいる。私は結局のところ、紅炎様と同じく歴史に興味があるのだ。
今編纂している煌帝国の歴史書を作るにあたって書庫の中身をひっくり返して史料を集めて居た際に見つけたトラン語の書物の話を紅炎様にポツリと洩らした言葉をきっかけだった。その後見せていただいたトラン語の書物や、紅炎様の考えや意見を聞き、その謎に魅力を感じ始めていた。
我が国や、レーム帝国、エリオハプトなどの諸国とはまったく違うその文字に心惹かれたのは言うまでも無いだろう。
紅炎様が独自に解読していらっしゃった文も含めてこの世界の歴史についてを解読するのが紅炎様が私に最優先で申し付けられている命だ。
そのために紅炎様の従者として紅明様や紅覇様の迷宮攻略にも馳せ参じている。もちろん私の収穫はトラン語の方であるが。
現在に至るまで紅炎様と行き着いた結論が別の世界の話だ。先日二代皇帝の崩御にて煌帝国の皇子・皇女が皆祖国に帰還なされた際に白瑛様や白龍様、そして紅玉様に告げられたあの歴史の謎である。
その別世界の歴史について触れている文書の少なさや解読できない文字もあり、歴史書の編纂ともども難航している。

窓の無い書庫で燭台を用意して文机に向かっていると我が君が来られた。
「やはり此処に居たか。」「いかがなさいましたか?紅炎様。」
文机の前に来られた紅炎様は机に書簡を一つ置かれた。「これは?」と聞けば「お前が欲しいと言っていた煌の起源にまつわる書簡だ。」紅炎様の手によってカラカラ音を立てて広がるそれは題目を見る限り間違いなく我が国の元となる国やその説話が書かれている書簡であった。
ありがとうございます、とその書簡を手に持って早速文字を追いかける。これで歴史書の冒頭となる部分を引用できる。私の姿を見た紅炎様が「相変わらず書簡を持たせばと水を得た魚のように目が輝くな。」と小さく笑われた。
「喪が明ける頃にはバルバッドに向かう。準備はしておけ。」そう言い残して紅炎様は私の頭を撫でて書庫から去られた。
先日の二代皇帝・紅徳様の葬儀後、先鋒隊を牽いておられる紅覇様は直ぐにバルバッドからマグノシュタットへと戻られたが、紅炎様はしばらく禁城に残ることになっていた。
もちろん第一皇子としてしきたりに沿って喪に服す意味もあるが、三代皇帝である玉艶様の様子見やら理由は多々あった。もちろん紅炎様がバルバッドに進攻なさらない限り、私も禁城で過ごすことになる。
此処数年西への進攻を重点に置いているので、私も禁城に戻ることが少なくなっている。私とてこの作業をこちらにいる間に出来るだけ進めておきたいのである。
故に文字をどんどん目で追いかけ、筆を進める。皇帝の勅命を受けることは大変ありがたいのだが、如何せん膨大な史料の中から国にまつわる史料を探し出し、歴史書を作るのは骨が折れる作業である。

紅炎様が去られてからどれぐらい時間が経ったのかわからないが一心に筆を進め、気付けば朝であった。
たまたま書簡を返却に書庫へ来られた紅炎様に徹夜をしてしまったことがバレてしまい、見事に怒られてしまったのは後ことで、以降、私が書庫に篭ると紅炎様が様子を伺いに来られるようになったのはまた別の話である。


(マギ/練 紅炎)



「はい、出来ました。」
「ありがとー。」
「いいえ、もし紅覇様がお怪我をされたとあのお三方にばれたら怖いので…」
じゃなかったらもっと容赦ないと思うけどねぇ。」

「紅覇様、いつも言っておりますが、身体髪膚これを父母に受く、あえて毀傷せざるは孝の始めなり。ですよ?」
「わかってるよぉー。」「ていうか、ほんっとの話って難しくてつまんないんだよねぇ。」


「そんなんじゃ炎兄に嫌われるよ?」


「紅覇様、何のお話でしょうか…?」
「えぇ?」
「あ、いや、紅炎様とはいつもこのようなお話ばかりしているので…」「むしろそれ以外になんのお話をすればわからないのですが…」
「え、って本当に炎兄のことなんとも思ってないの?」
「思ってないわけはないですよ!文武両道のまさに王の鑑であると常にお話をしていて感じます。」

「その思ってるとは違うしィ…」
「え!?で、ではどのような…」
「なんていうか、なんでなんかを炎兄が気に入ってるのかますます理解出来ない。」

「…それは、わたくしもいつも思います…」


(マギ/練 紅覇)※↑と同設定



「紅炎様は本当に学がお好きでいらっしゃいますね。」
「…いきなり何だ。」

「いえ、本来殿方でしたら書簡を読む時間があれば女性と戯れをなさっていてもおかしくないのでは、と思ったもので。」

「…」
「お、怒らないでくださいね…?」

「今、『煌史』の王統譜編纂をしておりまして…」
「紅炎様は平定した国や邑の長の娘を側室として迎えられておりますが、」
「正室はお迎えになさらないのですか?」

「…」
「正室を迎えるには知識に富んだ才女である必要があるな。」


「紅炎様ほどの知識に富んだお方、という事でしょうか?」
「ああ。」
「…それに加えて紅炎様のお気に召す女性となるとまさに才色兼備ですね。」


「(目の前に居るではないか、と言っても気付かないだろうな。)」


「うーん、白瑛様のようなお方とか?でしょうか…」
「白瑛は血のつながりが薄いとは言え仮にも兄妹だろう。」

「の、ようなお方、です。モノのたとえです。」
「しかしながら、このままでは紅炎様の正室の部分だけ空白になってしまいます…」
「我が君の後世での威厳に関わります…いっそ誰か名前だけでも…」


「ならばお前の名前でもいれておけ。」


「わかりまし…え?」
「わ、わたくしですか?それは色々と無茶が過ぎます。」

「いっその事『煌史』のにまつわる部分は俺が直々に書こうではないか。」
「い、いや、そういう時だけ目をギラつかせないでください…!」

「おい、その今まさに『煌史』を書いている筆と墨を寄越せ。」
「だ、駄目ですってば…紅炎様…!」


(マギ/練 紅炎)※↑と同設定