DIARY//SS




/1119/


堅いベッドの上で今日も硝子の向こうの木々を見ているだけの一日。
ああ、今頃笹塚さんは何やってるんだろう、とか。お仕事いつも大変だな、とかいろいろ考えていた。
所詮あたしの頭の中なんてそんなもんだと思う。
人は考えることをやめると自分が畏怖していることばかり考えてしまう。そして塞ぎこんでしまう。
周りの人間はあたしの容態を知って可哀相だとか口々に言ってるけれど、畏怖もしていなければ塞ぎこんでもいない。
周りがおせっかいなぐらい心配してくれているけど、それ以上にあたしの頭は笹塚さんでいっぱいだから、自分のからだの事なんて気にしてなかった。いつ悪化するかなんてわからないんだから、一日一日無駄にせずに生きろとかいわれてもこの鳥籠の中では何もできないから。
それに最近は滅多に発作も起きなくなって、自宅養生もできるかもしれないっていうはなしだっし。自宅養生になったら笹塚さんに今よりもっと会えるかな、とかそんなことばっかり考えていた。

どうせ今日も何もないまま一日終わると思っていたから。ぼーっと階段を下りていたら、みたことのあるひとかげを見つけた。
あたしはそのひとかげに向かって走って階段を下りようと踏み出した。どくん。
血がまるで逆流するかの感覚。時間が止まったかのように動かなくなったからだ。足を動かしたいのに、手すりを持っている腕にちからを込めたいのに、そんな脳の指令とは反比例してどんどんちからが抜けていく。

脳と神経ちゃんと働きなさいよ、筋肉もちゃんと従いなさいよ、と自分のからだに悪態をついているうちにあたしのからだは階段をどさどさとおちた。
あわててひとかげ、笹塚さんがタバコを自分の手の甲でもみ消してかけつけてきてくれた。駄目じゃない笹塚さん、怪我しちゃってさ。って、病院は禁煙だよ。警察官の癖に。笹塚さんにしゃべりかけたいのにあたしの喉はひゅーひゅーと息が漏れるだけでうまくしゃべれない。
笹塚さんの体温があたしの体温より今日は暖かいのか、肩に回された腕が暖かい。宙を彷徨っているさっきタバコをもみ消したもう片方の腕に手を伸ばしたら、笹塚さんの手に先に捕まってしまった。
ああ、こんなことになるならもう少しじぶんのからだのこと、気にしておけばよかったな。笹塚さんの表情が微妙に曇ったのを見てそう思った。
これ以上笹塚さんは苦しい思いなんてしなくていいのに。あたしだけは笹塚さんを悲しませたくない、悲しませたくないのに、なんでこんなときに限って「笹塚さん」って呼びたいのに声が出ないんだろう。
じぶんのからだが冷たくなる感覚と、抱きしめられている暖かさを感じながら、瞼を下ろすように脳が指令しているがままにあたしの瞼もどんどん重たくなっていった。
笹塚さんの大きな声、はじめてきいたなあ・・・でも、もう眠たいや。
ワガママだけどはじめて逢ったのが病院じゃなくて、ずっとずっとまえに出逢って居たかったなあ、ささづかさん。次に起きた、ら・・・



(魔人探偵脳噛ネウロ/笹塚衛士)




/1120/

ときどきゆめをみる。それはどんなゆめかははっきりしていないのだけど、葵さんが悲しそうな表情をしてあたしの名前を呼んでくる。
なんですか、といいたくても葵さんとあたしの間には薄い透明の壁があって、触ることもしゃべることもできない。
なのに葵さんの声ははっきりとあたしには聞こえる。だけど答えてしゃべっていても葵さんには聞こえていない。


「   」


最後にまた名前を呼ばれて目が覚める。何を葵さんが言ってたかは覚えていない。ぼんやりとしたゆめ。



って言う話をすーちゃんにしたら「お前、記憶の断片を思い出そうとしてるんじゃないか?」といわれた。
ときどきしかみないし、記憶とかそういう感じのゆめじゃないけど、とあたしが言うと、すーちゃんは、

「葵のことを覚えてないお前が葵しか出てこない夢を見るんだぞ?」

と、言った。まあ、確かにそうなんだけどさ。でも記憶がないっていってもそれももうだいぶ時間がすぎている。葵さんとは、記憶がなくなってしまった今でも普通に接してもらっている。



「・・・はやく葵さんのこと、思い出したいなあ。」



そう呟いたとき、すーちゃんは一瞬険しい顔をしたけどすぐに笑顔になって、そうだなと言って頭を撫でてくれた。



(花宵ロマネスク/宝生葵)




/1125/


羅刹になってからの平助は時々本当に暗い表情をしている。
目を一瞬でも離したその隙に平助の顔が暗くなっている。
そんな平助をもう見ていられない。

中庭で今日も平助はなにか考え事をしている。
ああ、また暗い表情して俯いてる。

じゃり、じゃりとなる砂利の音に反応して平助がこちらを向いた。
その途端に笑顔になる平助の表情は、さっきまでとはまるで別人だった。
名前を呼ばれても、反応しないあたしに不審を抱いたのか、平助は不思議そうな顔をした。


その距離がなくなるまで二歩。

いち、に。


あたしは縁側で座っている平助の頭を包むように抱きしめた。
一瞬何が起きたのかわからない平助はびっくりした顔をして、あたしを見た。
平助のころころと表情を変わるところは今でも変わってなかったみたいだ。
八割の不安と二割の安堵を感じて、あたしは腕の力を少し強くした。

「っ・・・もう、つらそうな平助見ていられない。」
「お願い、あたしじゃなくてもいいから、どうか、周りを頼って・・・ください。」

しばらくして平助は何も言わずにあたしの背中に手を回してくれた。
夏が秋にそろそろ交代しないかと呼びかけている中庭には少しの赤色と、あたしたちだけが静かにそこにあった。



(薄桜鬼/藤堂平助)




/1127/


目が覚めたら隣にいた彼女の姿はなくて、何処にいるのかと探そうとベッドを降りようとしたら彼女はベッドのすぐ横で泣いていた。
なんでベッドの横、しかもわざわざ床に居るのか。いや、それよりどうして泣いているのか。
名前を呼ぶとこっちを向いて暗い部屋でも少しわかるほど赤くした目で僕を見た。
「きょうすけ・・・」床に居る彼女と視線を合わせるためにベッドから降りると彼女は泣きながら抱きついてきた。
急に胸に飛び込んできた彼女をぽふと支えどうしたんだい、と言おうとすると震えている彼女の腕が目に入った。
ほんのりとカーテンから漏れている大分高度が下がっている月の光でまだ幼い彼女の、目尻に涙を溜めたままのキラキラと揺れている瞳がよく見えた。

黒い彼女の髪の毛をサラリと梳くと彼女は「きょうすけがじゅうでうたれるゆめをみたの。」「きょうすけのかみのけのいろがくろかみだった。」「・・・このきず、そのときにできたもの?」と言うと彼女は小さな手で僕の前髪をかきあげた。
憎々しくと残る銃弾の痕をがかきあげれた前髪から現れて、彼女が触れているところから彼女が見たとおもわれる夢の内容が見えた。多分彼女が見せているんだろう。自覚はないんだとおもうけど。

「きょうすけはこんなにつらいおもいをしてきたの?」す、と僕の前髪から離れた彼女の手を自分の手を絡めた。「そんなつらい思いをしなきゃ、君と出逢えなかったんだよ?」「だめ。きょうすけはもっとしあわせにならなきゃ。」「だから、きょうすけは女王をはなしちゃだめだよ。」自覚のないエスパーの彼女は、何もわからず言っている。自分がどんな能力があるかも、なにもわかっていない。

これから先の未来のこと。女王と僕が初めて逢うのは今から随分と月日が経ってからのことであり彼女が年頃になる頃の話なのに、彼女にはもう視えているようだった。

(君だけは幸せになりな。)(何年後もずっと、)すやすやと腕の中で眠る彼女の黒髪を撫でながら心の中でつぶやいた。たとえ僕の元から離れてしまっていても、いつまでも彼女には幸せで居て欲しいと、明るくなり始めた空を見つめながら先の見えない暗い未来が少しでも明るくなるように願った。




(絶対可憐チルドレン/兵部京介)




/1128/

おはようございます、と真木の声がした。ああ、随分と昔のゆめを見ていたみたいだ。
適当に相槌を打って、机のうえに置いた写真たてに手を伸ばす。
(まだあの時はこんなに小さかったのになあ)写真の中で笑う彼女を見つめてふふ、と笑うと真木が不審な声で僕に話しかけてくる。
「いや、昔のゆめを見たんでね。真木も拾った頃は小さくてかわいかったけども、あの子も・・・」今ではもう、年頃の娘さんだもんな。
と今日見た昔のゆめを思い出してまた自然と笑顔が零れた。

結局未来なんてほとんど何も変わってなんていなかった。
所詮願ったところで変わる運命なんてないんだと思い知らされた。
でも彼女が僕を殺すならそれでもいいと思っている。

あまりちょっかいを出しすぎるなという真木をまた流して、新品のカッターシャツに袖を通した。
自分から逢いに行かなければ来てくれないからね、と言うと真木は言葉がつまったようだった。
「せっかくだから放課後デートでも申し込みに行こうかな。」冗談交じりにいうと次は桃太郎が何処から戻ってきたのかこっちに向かって飛んできた。きもちわるいぞこのろりこん!と言って僕に噛み付こうとしたがはじいた。
きゅー、と甲高い声を出して床に転げた桃太郎を連れてテレポートした。

場所はもちろん彼女にデートを申し込みに高校の校門前へ。
どんな顔をするかが楽しみでまた自然と顔が緩みそうになったのを我慢した。

(君が弱いんじゃなくて、僕が弱いんだ。)依存しているのはいつでも僕ひとり。



(絶対可憐チルドレン/兵部京介)