大王様、来世では必ず結ばれましょう。
互いに多くのしがらみがある身分故に現世では叶わない思いだと彼女は言った。
死を笑顔で告げた彼女を今でも鮮明に覚えている。
何があの無垢な少女を此処まで歪ませてしまったのだろうか。
しかし彼女が悲しそうに笑っていたのを、彼は知っていた。

それから数年して彼女は後宮の騒ぎで死んだ。
中華を統一した秦王を見るまで死ねない、と口癖のように言っていた彼女はもう居ない。
秦王は今まで沢山の屍を越え、ただ前だけを見て歩んできたが初めて立ち止まりそうになった。
振り向いてしまえば沢山の骸の山に足を止めてしまうのは分かっていたはずなのに。
若き秦王が振り返らずに此処まで来れたのは一重に仲間と呼べる存在が居たからだろう。

中華統一を果たしたその年。激務に翻弄される毎日を繰り返し、短いながら仮眠をとった際ふと彼女の事を思い出した。
悲しそうな笑みを浮かべて告げる死。
秦王が来世を信じていないのを知っていた彼女があえてそう告げたのは王に自分と言う存在を消させたかったからだったのだろう。
未到の地に立とうとしていた秦王の見つめる先を彼女は知っていたのだ。
魂は永遠であれど肉体はいつかは消滅する。王は彼女を思い出して直ぐに消滅する肉体を収める墓の建立を命じた。

始皇帝―今までの天から命を受けて徳を失った君主とその国を滅ぼす事と打って変わり、自身が天帝と同一、同格であると示す意味を持つ。
戦国の乱世において乱立した諸国王の上に立つ、正当な王である証。
それゆえに滅する肉体を収める場所であろうとも天上天下を模した箱庭を作るべきであると腹心たちは言う。
その際に出てきたのは始皇帝の亡骸と共に民や兵を昇華させるか否かが論争となった。秦国では既に法で王に殉ずる事は公に禁止している上に、何より始皇帝自身がそれに反対だった。幼き時に王騎より伝えられた、他国であれど民は奴隷ではないと言う曽祖父の言葉が深く刻まれていた。
決着は民に似せた人形を製作する、と言う結論に至った。秦帝国・開国の功臣とも言える将軍達を筆頭に秦国兵士や城内の官人の製作が始まる。

一人一人模して作るその人形の中、一つだけ内密に作らせた女の人形がある。
本人は中華を統一する前に死んだが、十年近く経ってもなお鮮やかな記憶として始皇帝の中にあった。
技師に特徴を述べて作らせたその人形はまさに彼女と瓜二つで、今にも動き出しては名前を呼んでくれる気さえ起こすほどだった。
。」冷たいその人形の頬にそっと手を添える。
当時は始皇帝の背丈より少しばかり低かった彼女は、今の彼とは頭一つ以上の差があった。
「…もう少しだけ、待っていてくれ。」
しばらくして王の寝所から運び出された人形は装飾を施した緋い衣と共に箱庭へと移った。既に何千と言う人形が箱庭の外へ移ったが、彼女だけは箱庭の中へと移された。
天上の世界を描き、地には中華の大陸と共に不老不死を意味する辰砂で出来た水辺を作る。
その中央に置かれた始皇帝の眠るその場所に寄り添うよう、緋い衣を纏った彼女の人形は安置された。
始皇帝の肉体が滅する時こそ、彼女が願っていた形とは異なるかもしれないがようやく二人は結ばれる。


中華を模した箱庭で彼女は始皇帝と永遠の愛を語るのだろうか、それとも彼を嘆くのであろうか。