「ごめんなさい。あたし、貴方とは結婚できません。」

一体何処で道を間違えてしまったのか。好きで好きで仕方ない彼があたしの友達が好きなんだと気づいて随分月日が流れたけれど、やっぱりあたしは彼の事を諦められなくて、悔しいけどやっぱり好きなんだよ、あたしはアイツじゃなきゃいやなんだよ、と思いながら一人下宿先で飲んでいたら管理人であるタケルに飲みすぎだと怒られてその後タケルのママである美音さん事おばちゃんに怒られて・・・気づいたらお見合いする話になってて、一体酔った時にあたしはどんな話をおばちゃんに言ったのかは今でも謎である。まあ、思い出したくもないけど。そこでどうやらお見合いの話になってしまったらしく、あたしがおばちゃんに連れられて行った先のお店で出会ったのは草野さんというなんとも愉快なおにいさんだった。予想通り彼はお金持ちのお坊ちゃんらしく、なんかおっきい会社の社長さんがパパなんだってさ。世界が違いすぎる。あたしの家はどうせ普通の社宅です、よっと。そういうのは蘭丸の管轄だよね、アイツの家は有名なホテルチェーンなんだし。しかし草野さんは全然御曹司!って感じがするようなひとではなくて、なんだか風みたいなひと。ひゅーって飛んで行っちゃいそう。話はめんどくさいのは嫌い、語尾に必ず「だっちゃ」、好きなモノマネはビートたけし。なんか珠緒ちゃんとか武長とか周りのお嬢さん、お坊ちゃんが馬鹿らしく思えるような面白いひとだ。蘭丸ですらまともに見える。はっきり言って変、これに尽きるひとだ。草野さんとはその後二人でいろいろ話して、と彰とお互い呼び捨てで呼び合う関係になったもののお見合いというよりは普通に友達として仲良くなった?のかな。彰はパパの会社を継ぎたくないって言う話を、あたしはアイツがスナコちゃんが好きなんだって話を出会ってその日にまさかのぽろりと告げてしまった。「なんかちゃんとは気が合うってゆーか、何でも話せちゃいそーナリ!」と首からぶら下げたメガホンで彰は言った。「こんなに自分の事話せるのなんてしゅーじと野ブタ以来だっちゃ。」彼の友達の自慢話を聞いていたときに、彰は何かを思い浮かんだのかいい事思いついた、とか何とか言って話もなかほどに彼は早々と消えていった。

そして今に至る。・・・とは言えそれまでに数回ぐらいは彰と会ったし、ゲーセンで遊んだり彼が前に住んでいたらしい親戚のおじさんの家の豆乳を飲ませてもらいに行ったりそれなりに仲はよかった。しかしだな、一体この状況はなんなんだ。何かデジャヴすら感じる。サプライズ結婚式という名前で以前あたしの可愛いスナコちゃんが変態、いや拷問マニアと危うく結婚させられそうになったところを・・・恭平が花嫁泥棒したんだ。あ、やばい、泣きそう。最初からずっと俯いているあたしの表情なんてきっとベールで隠れて見えて居ないだろう。・・・スナコちゃんの事すきだって、早く認めなさいよ馬鹿。(ちらりと客席を見たときに恭平と目が合った気がした)気のせい。
ヴァージンロードなんてきっともう歩く事なんてないだろうなって、この間スナコちゃんが歩いているのを見てて思っていたはずなのにこんなにも早くに歩くことになるなんて思っても居なかった。むしろ誰が思っていたのか、思っていた奴が居たらあたしに伝えて欲しかった。
彰が用意してくれた真っ白でパールのついたシンプルだけど高そうなウエディングドレスはあたしが歩くたびにすれた音を鳴らす。あたしなんかが着てごめんなさい。もっと幸せになれるようなひとのところにお嫁に行きたかったよね、お前も。
決して彰に対して不満があるわけじゃない。突然の結婚、諦めのつかない心があたしの気持ちが揺れている原因なのだ。このまま結婚してしまえばいつかはこの気持ちを忘れられるのかもしれない。だけど、やっぱり、何もしないまま下宿屋メンバーと離れるのは嫌だ。恭平と離れるのが、いやだ。

神父が告げる誓いの言葉が耳を通り過ぎる。が見合いをしたって言うのはおばちゃんから事後報告を聞いていたものの、突然結婚なんて話がおかしすぎる。中原スナコの一件があった後でどうしておばちゃんはこれを引き受けたのか。俯いたまま赤い絨毯の上を歩くは不覚にも綺麗だと思った。(もっと早くに気づくべきだった、)
ズキンと胸が痛む。アイツは俺が知らないところで勝手に見合いなんてしやがった挙句勝手に結婚しやがる。本人は知らなかったと思うけど。(サプライズ結婚式なんだとよ、)胡散臭い。あの新郎の飄々とした感じもいけ好かねえ。眉間にぐっと力が篭るのを感じた。
それを見た横に座っている中原スナコが言う。「・・・ちゃんに、何も言わないままでいいんですか?」「あ、あ、あ、あ、貴方がちゃんを好きなんて見ていればわかります。傷つけないようにしていたのもわかります。だけど、このまま何も言わないまま二人が離れてしまって本当にいいのでしょうか・・・」


健やかなる時も、病める時も・・・テレビでしか聞いた事のない誓いの言葉が今目の前で告げられている。
まるで人事のように流れていくそれをあたしはどう受け止めたらいいのかわからない。祭壇の前で俯いて黙り込むあたしに、客席が少し、少しずつざわめき始める。彰と共に人生を歩むのか、後数年しか居ないだろう下宿屋を選ぶのか。どちらを選んでも後悔するだろう。でもどちらかを選べなければ先には進めない。不安になって客席の一番前に並ぶ下宿屋のメンバーを振り返って見つめると、祝福ムードが流れている中恭平は少し退屈そうだった。いつもどおりの恭平を見て決心がついた。ドキドキを心臓がうるさい。さっき恭平と目が合ったからだろうか、それとも退屈そうにあくびをしていた恭平がかわいかったからだろうか、それとも・・・今から告げる言葉に対してだろうか。
客席に振り返ったままのあたしに神父は声をかけた。それを合図に彰のほうを向いて、
「ごめんなさい、あたし、貴方とは結婚できません。」
一番上に戻る。勢いよく頭を下げたせいで落ちたベール、ざわつく教会内、驚きすぎて叫んじゃった彰の友達、ため息をつく神父、ぼやける視界。(もうこれで、元の関係にも戻れない。)

「ごめんなさい、好きなんです。何度諦めようと思っても高野恭平が好きなんです。」
我慢できなくなってぽろりぽろりと落ちていく涙。言葉にすればするほど恭平がすき、なんだと改めて感じた。「・・・ごめんなさい。」泣いて掠れた声で彰に何度目かわからない謝罪をしたとき、後ろから腕を引っ張られた。バランスを崩しかけて思わず「うわ、」と声をあげると「相変わらず色気のねー声だな。」大好きな声が頭の上で聞こえた。恐る恐る見上げるとやっぱり恭平が居て、驚いて止まっていた涙がまたこぼれようとしていた。「悪いな、コイツと永遠の愛を誓い合うのは俺様以外許されねぇんだよ。」意地の悪いあたしが好きな、いたずらっ子みたいな笑顔であたしの腕をひっぱりながら祭壇への階段を、ヴァージンロードも逆走していく。どんどん遠くなっていくパイプオルガン、祭壇、神父さま、そして彰。「ー!幸せになるだっちゃー!」祭壇の上から叫ぶ彰の声が教会を出る寸前で聞こえた。それに答えるかのように走りながら小さく振り返って片手に持っていたブーケを勢いよく投げた。



結婚式ブッ飛ばせ