秋の月がきれいだと先人はよく言ったものだ。少し肌寒いが澄んだ空気によってよりはっきりと、より美しく見え、時折掛かる薄雲もまたみやびである。
秋の月は綺麗だ。
十五日目の満月は言わずもがな綺麗だ。しかし歌人は十六日目の月が美しいと言い、あるシンガーは十四日目の月が美しいと歌っていた。
感傷にひたるわけでは無いけれど、私は秋の夜長に月を見ながら物思いにふけていた。
今日のような綺麗な月を見ながら物思いにふけるのは贅沢だなと思う。
正直すごく寒い。公園のブランコに座りながら少し前後に揺らしてみる。まだ暦は秋だと言うのに連日の冬気温ではぁ、と吐いた息が白くなるのも見慣れた。
別に何かあったわけではない。一人になりたかっただけ。友達は好き、家族も好き。たまになる一人きりも好き。一人きりの後の二人きりはもっと好き。
一体何日目の月なのかわからないがぼんやりと眺めながらあるひとの事を思い出す。街燈に輝く銀色の髪、それを映えさせる漆黒の帽子、闇に紛れてしまいそうな服装、そして風変わりなステッキ。(ああ、今日の月はあのひとの髪のような色なのだ)だから、特別綺麗に見える。
この間道を尋ねられてその人を案内したら「ありがとう。」と言ってもらえたり、目の前の人がハンカチを落としたので拾って渡してお礼を言われたり。ちっちゃい子がこけたのを見かけて痛いの痛いのとんでいけってしたら笑顔になってくれたり。些細なこと全て嬉しくて、彼に伝えたいと思ってしまう自分がいる。

(寒いのに公園にいる今もきっと月が見たいというのはただの口実だろう)勿論、自分自身に対する。

さん。」今日もそのひとはやってきた。何時間ぐらい此処にいたのかなんて、彼が来ただけで一瞬のようだったと思える。ブランコに乗りながら顔だけ振り返ると月に反射した銀色の髪が夜の闇にぽつりと輝いていた。まるで地上にも月が存在したかのように。
「こんばんは、ベムさん。」あの一件以来こうして逢うようになった。夜遅くまで月を眺める私をいつも諌めるのは彼、ベムさんとのやりとりとしてもはやいつものことになりつつある。「今日も月ですか?」「はい、今日も月です。」見上げる月はやはりベムさんの髪のよう。
月を見れば先人はいつも悲しい和歌を歌っているが、月を見ていればいつか彼は来てくれる。待ち人来ずと身を焦がす思いをした先人もいる中、私はベムさんに出会ってからは月を見て思うことはいつも彼のことばかり。
今何してるのかなとか今日もまた得意のお人好しで誰かを助けてるのかなとか(、会いたいなとか。)

彼はたかが月と思っているだろうが、私にはされど月なのだ。月は彼に会う口実をくれる。
会話をするわけでもなく、ベムさんと二人ブランコに座って月を眺める。そのたった数分とも、数時間ともとれる時間が私には幸せと呼べるもので、さっきまでの寒さなんて吹き飛んでしまう。
しばらくしてシャリンと横のブランコが音を立て、目の前には私に手を差し出すベムさんが居た。「今日は此処までです。」月光が邪魔をしてベムさんの表情は見えないけれど、心地よい声。ベムさんの手がブランコの鎖を持ってた右手を攫っていくのがスローモーションに見えて、切り取られていた時間が動きはじめるような気がした。ベムさんに腕を引かれて立ち上がると彼は苦笑して「貴女の手はいつも冷たい。」と言った。「ベムさんの手が温かいから問題ないです。」・・・私はいつも彼に苦笑ばかりさせてしまうらしい。私の冷たい両手をベムさんの暖かい手が包んでくれるのが好き。困ったように笑うのが好き。ベラさんとベロくんと三人で歩いているときの笑顔が好き。照れくさそうに下を向いて笑うのが好き。私を真剣に心配してくれる表情が好き。「ベムさんは、側に居てくれるだけで暖かくなるような素敵なひとです。」そう、いつかベロくんが言ってたみたいに、お人好しならぬおベムさん好し。そう言うとベムさんは目を丸くして驚いた。普段冷静なベムさんの新しい表情が見れて嬉しくなり一つ笑みを零すと、ベムさんの後ろに見える欠けた月を見て今日もありがとうと心の中でお礼を言った。


がれる
(おつきさまおつきさま、今日も彼とあわせてくれてありがとう。)