※去年のサバフェスは色々あってジャンヌ加入までしかできなかった女のルルハワリベンジ 「……どうしてこうなった」 燦燦と輝く常夏の太陽。 白くきらめく砂浜。 波が光る青く澄んだ海。 此処はまさに地上の楽園。そして私は今、新たな問題に頭を痛ませていた。 それは数時間前にさかのぼる。 なんだかんだで出来上がってしまったホノルル島とハワイ島が合体した特異点・ルルハワ。 最高のバカンスを目の前に、部屋へ籠りきって一体何度修羅場を迎えただろうか。 ようやくすべてが終わり、特異点の消滅を待つのみ、と言ったこのタイミングで。 今回の首謀者ことBBちゃん(水着)が「特異点の消滅まであと一日はありますし、せっかくなのでセンパイ達も一日ぐらいはエンジェイしてはどうです?」と立香ちゃんに持ちかけた。 「やったー! 遊ぶ〜!」とマシュちゃんとしがらみなく遊べる時間を純粋に喜んでいた。目の下のクマはこの際見ない事にしよう。 「さんは!?」 太陽にも負けない笑みを浮かべた立香ちゃんが私へと振り返った。 マシュちゃんも立香ちゃんにつられて振り返ると、同じくキラキラとした眼差しを向けている。 「うーん。暑いから日が傾くまではホテルから出たくないなぁ」 「え!? もったいないよ! 海行こうよ! 水着!」 「持ってきてないよ?」 あいにく私は水着を持ってきていないし、そろそろ若くないので日焼けもしたくない。 アラモアナで買い物をしたい気もするが……やっぱり日が落ちるまではホテルから出たくない。暑い。でもせっかくトロリーに乗るなら明るいうちに乗っておきたい気もする。 突然舞い降りてきたまったく予定のないオフに、顎に手を添えて悩んでいると立香ちゃんが「えぇ!?」と声をあげた。 「いや、ダメでしょ!? さん今年こそは水着着なきゃ!」 「そ、そうです! 去年は途中で体調を崩されて海どころか外出禁止になられていたはずです!」 「そうだよ! 今年こそさんの水着見れるって意気込んでた連中が泣いちゃう!」 あっと言う間に私の両脇を固めた立香ちゃんとマシュちゃんが気迫のこもった表情で詰め寄る。 一歩引こうにも左右どちらからも言い寄られている今、逃げる場所がどこにもなかった。 「で、でも持ってきてないし……」 「そこらへんで買えるじゃん!!」 油を注いでしまったらしい。二人はさらに食い下がってきた。もう完全にお手上げだ。 誰かに助けを求めるため、ふと周りを見渡せばいつの間にか随分なギャラリーが私たちを囲んでいた。 「見てるならだれか助けてくださいよ!!」 ほほえましそうに私たちを見ているサーヴァントも居れば、立香ちゃん達を煽るサーヴァントや、何故かしょんぼりしているサーヴァントも居る。しかし私を憐れむ目も無ければ心配をしている表情もなく、此処には味方が居ない。 「な、なんでこんな時に限ってアルジュナが居ないの……!!」 この危機的状態で、先ほどまで隣に居た相棒の名前を叫んだ。 すっかりこのまま飛行機で帰るつもりだったため、私のキャリーケースを預けてしまった相棒は荷物を取りに空港の中だ。 もう一泊できるのは大変ありがたいがどう考えても波乱の一日に、私はため息をつくしかできなかった。 はやく帰ってきて、アルジュナ。 私とマシュが水着を着ないと断言したさんに詰め寄っていると、神出鬼没の男が背後から声をかけてきた。 「リツカ」 一体どうやって霊衣を変えたのかわからないが、海には不釣り合いなほど黒をまとった復讐鬼はこちらに足を進めた。 すっかり困りきった顔のさんを一瞥し、"それ"を持ってきた事がわかるように持った手を少しあげてみせた。 エドモンの手にある袋に気付いたマシュが私へと顔を向けて満面の笑みを浮かべた。それに私も大きくうなずく。でかした、エドモン。 流れるような所作でさんの手を奪うと勢いで彼女はエドモンの腕の中にすっぽりと収まった。 エドモンはさんの顎に手を添え、頭一つ以上も背の高い自分と視線がぶつかるよう、顔を強引にあげさせる。 見ているこっちが首の痛くなるような体制に思わず首をさすったが、隣のマシュは顔を赤らめて二人を見ていた。確かにとんでもなく距離が近い。 「去年はお前が部屋から出る事を禁じられていたので我慢していたが、今年はそうはいかんぞ」 まさに吐息の触れるような二人の距離に、周囲で傍観していたサーヴァントたちも声をあげた。 周りのざわめきも視線もさえも、突然の事に思考が完全停止しているであろうさんには届いていない。 「マスター直々に受けた命により、お前に水着を着てもらうぞ」 ……なんでいちいちそんな色っぽい言い方になるんだ。 イケメンしか許されない事を平気でやってのける漆黒の復讐鬼に思わず冷静になった私とは反対に、マシュが「ひゃあ」と声をあげた。 その言葉でようやく我に返ったさんがエドモンから距離を取ろうとするが、顎も腕も掴まれている今、逃れる事はできない。自分の腕の中でじたばたともがくさんを愉快とばかりにエドモンは目を細めた。 「や、やだ! 絶対着ない!」 「ほう」と口だけの感嘆を述べると、片眉だけが吊り上がった。 さんはエドモンの反応に対し、やってしまった、と顔を青くした。 特定のサーヴァント以外に敬語を使うさんには珍しい子どものような拒絶は、見ているこちらとしても、可愛くて。 年上に対して言うのもなんだがあんな真っ赤な顔で言われたら私でももう少しからかいたくなる。 やだ、着ろ、の攻防はだんだんと二人の世界を作り上げている。周りのサーヴァントたちは手を出す事も出来ずハンカチを噛みしめるのみ。一体どこまで計算して今の状況を作っているんだエドモン・ダンテス。 「安心しろ。俺以外が見る事は無い」 さんの反応を楽しむ片端だけがあがった口元が、細められた黄色い目が、彼の企みを露わにする。 待て、話が違うじゃないか。 声をあげて反論する前にエドモンが独特の笑い声をあげ、さんの腕を掴んでいた手を腰に回して抱き寄せた。エドモンの胸板にぴったりとくっつく羽目になったさんが目を白黒させているうちに堂々宣言を下した。 「クハハハハハ! 悪いなリツカ! の夏は俺がもらうぞ」 有無を言う隙も無く、エドモンはさんを連れて姿を消した。 ――手に持っていた水着の入った袋と共に。 嵐が過ぎ去り、辺りが静まり返る。遠くの波音が何度か往復してようやく我に返った。 地団駄を踏む私の魂からの叫びが、敷地内を木霊した。 「くっそー! エドモンに巻かれた! 独り占めずるいいいい!」 夜の海辺は思ったよりも風があって涼しい。 目の前の彼は何も語る事なく、私の手を引いて波打ち際を歩くだけ。 私をからかっては大きな声で笑うイメージしかないし、アヴァンジャーと言うクラスも相まって静かな彼はちょっと怖い。 空港の入口で問答を繰り広げたのがずいぶん前の事に感じる。 あれから一度ホテルの部屋に戻らされたが、ベッドの上に持っていた水着の袋?を投げ捨てるとまた外へと移動した。 その後はライダークラスのサーヴァント達が運転していたトロリーに乗せてもらい、アラモアナショッピングセンターへと移動し、私が行きたかったお店を何軒も連れて行ってくれた。 なんで私が行きたかったところを知っているのかはわからなかったが、この人の事だからまた私の自室に勝手に入ったりしていたんだろう。付箋だらけの地球の歩き方とガイドブックが数回前のループから消えていた気がするが、気にしたら負けだと思う。 服を見繕ってくれたり、フードコートでわざわざ日本食を探して食べたり。かと思えば通りかかったイベントスペースでフラショーを一緒に見てくれたり。なんだかいつものエドモンさんと違ってとても優しい。 いつもの、と言うには少し語弊があるかもしれない。他のスタッフには道を譲ったりしているところを見た事があるし、コーヒーを差し入れ代わりに渡していたり、いろんな場面で紳士的な対応をしているのも見た事がある。多分これは私が知らない一面なんだろう。 エドモンさんとの初対面は、立香ちゃんが正体不明の眠りから目覚めた時だった。部屋へ辿り着いた時には、彼はもう彼女の側に居た。 彼の第一印象はとにかく怖かった。 まだマスターとして初心者だった私には信頼関係のないサーヴァントは恐怖の対象だったのだと思う。すべてを飲み込むような黒は多くを語らない事も相まって不気味とさえ感じていたのだ。 残念ながらそのイメージはその年の夏にガラッと変わり、今では冗談交じりでうるさい人と呼べるほどにはなっているのだが。 去年、カルデア内の夏休みでアルジュナの居ない隙に召喚したらエドモンさんの宝具を強化してしまった。それも二回ほど。それからというものやたら絡まれるようになり、すっかり立香ちゃんの寡黙な相方と言う印象は消えた。 あと意外にも世話焼きだったのも加えておきたい。去年のハワイで一番世話を焼いてくれていたのが実はこの人だった、らしい。寝ている時に何度も様子を見に来てくれていたとアルジュナから聞いた。 「……」 相変わらず会話はない。 拉致されてからの一日、エドモンさんはあの独特の笑い方を見せる事は無かった。 穏やかにほほ笑んでは「似合っている」だの私を喜ばせる言葉ばかり言ってくれる。調子が狂う。あまりそういう対応になれていないので、ガラにもなく何度も顔が熱くなった。 海岸沿いは店やホテルで光がキラキラしている反面、海は暗くて波に引きずり込まれそうな気さえする。 それでも怖いと感じないのは目の前の彼のおかげだろうか。 私より頭一つ以上大きな身長、腕を引く力強い手。後ろで一つに括られたふわふわの髪、体のいたるところにある古傷、私のついていける歩幅で揺れるコートの裾。 そしてたまに振り返っては言葉が無くてもわかる私を気遣う優しい金色の目。 しゃべらないと余計に意識をしてしまうというか、今までからかわれてばかりで気付かなかったというか、エドモンさんってめちゃくちゃイイ男だったんだと鈍器で殴られた気分だ。 「エドモン、さん」 歩き始めたころはまだ夕焼けがかろうじて色を残していたが、何も話す事なく気付けば随分と歩いた。ループの中、散々泊まり続けたあの高級ホテルも今は遠く一粒の光にしか見えない。 ようやく足を止めてくれたエドモンさんがゆっくりと振り返った。掴まれていた腕は持ち手を変えて掴まれたまま、私が話し始めるのを待ってくれる。 「行く当てはあるんですか?」 「ないな」 ばっさりと切り捨てられた言葉と、歩いた距離が見合わず一瞬茫然としたが、遠く今は見えない黒い海の先を見つめるエドモンさんが続けて言う。 「しいて言えば、お前と静かに過ごしたかった。それだけだ」 視線だけ私へと移し、小さく笑った。不意のレンズ越しではない瞳に胸が高鳴る。なんていうか、これを計算でしていないのだからエドモンさんはずるいな。私はただ、じわじわと彼の言葉の意味を理解して視線を逸らす事しかできなかった。 「……水着、着せなくてよかったんですか」 照れているとばれたくなくて、誤魔化しついでに気になっていた事を問う。 「ああ。言っただろう。お前の夏をもらう、と」 それは達成しているからな。 いつもならクハハと続きそうなのに相変わらず声は穏やかなまま。 それからエドモンさんは海を見たまま何も言わなかった。表情も眼鏡のつるが重なってうまく読み取る事はできない。 そういえばエドモンさんについて、児童向けの『がんくつ王』で船乗りをしていたと読んだ気がする。もっとも、私が知る目の前の彼とは違うのかもしれないが。 さみしそうに海の向こうを見つめる彼は何を思っていたのだろうか。 いつものエドモンさんとも、今日一日一緒に居たエドモンさんとも違う、遠いところを思いを馳せる姿を、私なんかが見てしまっていいのだろうか。居たたまれなくなってそっと視線を砂浜へと下した。 「」 突然、掴まれていた腕を引っ張られる。朝のデジャヴか? 不意をつかれたせいで、いつのまにか噛んでいた唇に空気があたって少し痛かった。 固い胸板に顔からダイブし、掴まれていない手で鼻をさすりながら見上げる。 「お前が泣きそうな顔をするな」 月の逆光でわずかばかり見えた彼の表情にぽろりと一筋の涙が流れた。 本人が泣きそうな、いや泣きそうではないのかもしれないが苦しそうな顔をしているくせに。なんで私にそれを言うのだ。 「そ、そんなつもりは……」 「ああ、わかっている」 流れた涙を人差し指で掬うと、優しく微笑んだエドモンさんが続ける。 「感情に敏感なのはお前の長所でもあり短所でもある」 その言葉には心当たりが多すぎた。 人類史を取り戻す旅で、一体私は何度くじけそうになっただろうか。 時に自分の感情のごとく取り込んでしまう誰かの感情。漠然としたものがとぐろを巻くのだ。今だってそう。いつの間にかずしりと圧し掛かる何かが、胸をも締め付ける。 ぐちゃぐちゃになった私の心をなだめるようにエドモンさんは噛みしめた唇をゆっくりなぞる。 何往復かしてなぞられた手はそのままに、掴まれていた腕は開放されて代わりに私の腰をさらに引き寄せた。 「今だけは俺を拒むな」 エドモンさんの新しい一面をたくさん知ったうえで、蜂蜜の様にとろけた金色の目を誰が拒む事が出来るのか。今日一日で私は彼に相当懐柔されてしまったと言うのに。 近づいてくる端正な顔を受け入れるべく、私はそっと目を閉じた。 唇に添えられていた手が後頭部に回った頃、人知れず彼の帽子は月明かりで光る砂浜へと落ちた。 |