あのプロポーズから半年以上が経った。
結婚式どころか結婚なんてできないだろうなって思っていたのが遠い日のようだ。
いつの間にかあんなに恥ずかしがっていた、下の名前を呼ぶ事もすっかり慣れていて、今ではれいくん呼びが定着している。
最初の頃は零さんと呼んでいたはずが、れいくんと呼んだら嬉しそうにしていたのでその日かられいくん呼びが始まった。
本当は呼び捨てがいいらしいけど、どうしても年上を呼び捨てにできない性格上、れいくんで許してもらっている。
あと、多分れいくんがお母さんのように思っていた女性も彼を零くんと呼んでいたのもあるんじゃないかな、と前にちらっと聞いた昔の話から推測している。

そのれいくんと同じ籍に入ったのが半年ほど前。
両親も彼の事は知っていたので割とすんなりと挨拶も終わった。
式はしないのかと父の言葉に反論しようとしたら、れいくんが「近いうちに式場探しをします」と言ったのには本当に驚いた。

れいくんは公安だ。
おそらくだが想像以上に複雑な立場にいるのではないかと思っている。年上の、それこそうちの父ぐらいの部下も居るらしい。
多忙なので旅行どころかデートもほぼできないし、顔が残せないから写真も全然残せない。今日は流石にアルバム用に写真は撮ってもらうけど。厳重保管対象ですね。
なんとなくわかっていた事だったがやはり普通の職業の恋人よりは制限が多かった気がする。
それでもれいくんは時間を作っては会ってくれたし、何より再会するまでの時間を考えれば特段さみしいとは思わなかった。友人達からは「ちょっとドライすぎない?」とよく言われていたが。
貴重な休みに一緒にウエディングフェアに行ったり、披露宴で何がしたいかを私が満足するまでいろいろ聞いてくれたり。多忙な彼が此処まで真摯に式の事を考えてくれていた。私としてはこれで十分だ。



そんな慌ただしくも楽しかった準備期間はあっという間に過ぎ、今日、当日を迎える。
式当日の朝は早い。十一時から式が始まるとしても新郎新婦の入り時間はそれより前だ。
先に結婚した友人は式場までの距離もあったので四時起きだったとか行っていたな。
実家が比較的式場と近かったのでそこまで早くはなかったがそれなりに早い時間から家族総出でドタバタと式場へ向かう準備をした。
れいくんが気を使ってくれたおかげで家での最後の一日をゆっくり親族で過ごせた。
れいくんは昨日一人でどうしてたのか少し気にはしているけれど、多分教えてくれないだろう。

本当ならば、れいくんのお友達も出席してほしかったが、彼の周りは故人が多い。件の女性も故人らしいし、仲の良かった同期も、もう居ないらしい。れいくんの境遇は過酷すぎないかとたまに思う。その度に、私はれいくんより長生きしようと思うわけで。
結局、れいくん側の招待は警察関係の方々と、新一くんと宮野志保ちゃんだけだ。
蘭ちゃんや園子ちゃんも招待したかったが、彼女達は降谷零とは知り合いではない。残念だが新一くんのみの出席だ。
もう一人の宮野志保ちゃんは詳しくは聞いていないが、あの零くんと呼んでいた女性の身内らしい。
どうしても来てほしいと珍しくれいくんが食い下がったとか。新一くんから聞いた。
そういえば新一くんはどういう繋がりでれいくんと知り合いだったんだろうか。

ぼんやりと今日までの道のりを思い返している間に、着付けが終わっていた。
きつすぎず、ゆるすぎない、胸元に適度な締め付け。
ちなみに、白無垢ではなく色打掛。
れいくんは白無垢がいいと言っていたが、色打掛にしたのは実はちょっとした意味がある。
子供の頃、れいくんは自分の髪の毛の色が嫌いだったらしい。暗い髪色が多い日本人の中で、れいくんの綺麗な髪色はどうしても映える。
同じ日本人という意識が、れいくんにはあっても仲間外れにされ、よく喧嘩していたと言っていた。
私が白無垢にすると紋付き袴のれいくんの髪色が目立つ。今はもう髪色の事は気にしていないと言っていたが、人一倍日本と言う国に強い思いを抱いている彼の事だ。絶対後から写真の中の自分を見て思ったりしてほしくない。つまり不安要素は予めつぶしておこうと言う算段である。
だからこそ、色打掛がよかった。
色数が増えるし、打掛の赤色は目を引くし、全体的に色が分散される。
加えて角隠しに合わせてかんざしがついた文金高島田のかつらをかぶれば更に黒髪の部分が少なくなる。
かつらは重たいですよとプランナーさんに言われたし、れいくんにも綿帽子のほうが似合うと言われ続けたが、大丈夫の一点張りで此処まで来た。 いや、綿帽子が似合うってなんだよって思ったけど。
れいくんが神前式を譲らなかったので私も色打掛を譲らなかった、それだけ。

今日になって初めてかんざしも含めて全部ついた状態でかぶったが確かに重い。まあ、披露宴は洋髪になるので少しの辛抱。
プランナーさん曰く、今時、綿帽子の中は式中も洋髪にするのが主流らしい。
もし白無垢・綿帽子だったとして、れいくんが一番格式高い恰好なのに私は洋髪なんてちょっとズルをしているみたいで嫌だ。妥協を許せない上に、どっちにしろそこまで髪の毛が長くない私は白無垢と綿帽子でもかつらは必須だった。
角隠しの分だけちょっと重くなったぐらいと思えば幾分か重みが楽になった気がする。

控室に置かれている姿見を見ればまるで別人のような自分の姿。
既に降谷姓にはなっていて、れいくんとは一応、一つ屋根の下に住んでいる。帰ってくる事はまちまちだけど。
式を挙げる事への実感が沸かなくて鏡に写っているのが違う人だと言われたら納得してしまいそうだ。

半年前には全く想像もしていなかった未来に身を置いている。
鏡の中の自分が重たくなった頭を少し揺らすとかんざしがキラキラと光る。シャランと可愛らしい音を鳴らすのが楽しくなって一定のリズムを刻んでいると後ろから小さな笑い声が聞こえた。
鏡の視線を少しずらすと紋付き袴を着込んだれいくんが腕を組んでもたれかかっていた、いつの間に。
想像通りガタイが良くて姿勢の良いれいくんは、やはり紋付き袴姿が似合っている。
れいくんの後ろには今日一日撮影をしてくださるカメラマンさんが控えていた。
二人で話している写真が欲しいとのことだが、いざカメラを向けられるとギクシャクしてしまう。
いや、それだけじゃない。この目の前の男がカッコよすぎるのだ。
ふいに目が合えばすぐに逸らしてしまう。その度にかんざしが音を立てる。普段とは違う化粧でパッと見、いつも程は赤面している事はわからないと思うが、まあこの男にはばれているだろう。
意地悪そうに片方の口角を上げているれいくんもまた様になっていて横目で少しだけ見ると、またすぐに視線を逸らした。

今日、式を執り行う式場は元々はとある華族の別荘らしい。
土日以外の平日は少人数での予約限定でレストランとしても営業している。おいしい料理をふるまってもらえる、其処も決め手の一つだった。
もう一つは明治・大正時代の別荘とあって和洋折衷なお屋敷と言う点。
これはやたら和婚に拘るれいくんたっての希望だが、実際に見に行って気に入ったのは私も同じだ。
門構えは和風のお屋敷だが、中は赤いじゅうたんが敷いてある洋室になっている。来賓室として使われている重厚な部屋には古い暖炉も置いてあるあたり、やはり由緒ある華族の別邸なんだろう。
庭も広い庭は和庭だが、小さい方の庭は芝生だ。和装・洋装どちらにも似合う式場を探していたので、こちらも条件にあてはまる。
二人で決めた式場で、二人で選んだ礼装。初めて二人きりで試行錯誤した半年間。
信じられないが今、降谷零の隣に並んで歩もうとしている。



荘厳な雅楽が始まる。控室の裏口から広い和庭園を通り、母屋の前で式を執り行う。
式前に軽くリハーサルと当日の前撮りを行った際に流れは聞いていたが、いざとなると緊張がとまらない。それでなくても和装なんて普段着ないので足元がおぼつかない。
れいくんに手を引かれて不安定な石畳を進み、苔の生えた新緑の庭園を歩く。雅楽も相まって非日常感が増している。
れいくんの手ばかり見ていたが、顔をあげれば前をまっすぐ見る真剣な横顔に不覚にもときめいた。普段見る事の無い和装姿もよく似合っているし、いつも以上に歩幅を小さくして歩いてくれるその気遣いにも心臓がうるさくなる。結婚式マジックだろうか。
この見た目よし、頭脳よし、性格は若干難あり、それでも非の打ちどころが無い旦那様に、私は一体何度心を奪われるのだろう。
本当に、私なんかにはもったいない人だ。

母屋の前に架かった小さい太鼓橋を渡ると司会のお姉さんのアナウンスにあわせて拍手が起こり、二人で一礼をする。
広いお屋敷には、ごく僅かなれいくんの職場の方々とうちの親族、そして本当に気ごころの知れた片手に収まる程度の友人。此処にいる彼女達だけがれいくんがどう言った立場の人なのかを知っている。
顔を上げると友人達が涙ぐんで拍手をしてくれるのが見えた。ああ、もう。これだけで泣いちゃいそう。

ナントカ神社から派遣されてきた宮司さんに座るよう促され、手に持っていたボールブーケをプランナーさんに渡す。
祝詞が始まると宮司さんののびやかな声と新緑が重なりあう音だけが聞こえる。
祝詞が終わり、司会のお姉さんが次の儀式に進めると、三々九度が始まった。宮司さんの左右に居た巫女さんから注がれたお神酒を大小三つの盃で、れいくんと交互にいただく。全ての盃に口が付き、三々九度が終わるとまた拍手が響いた。
指輪の交換が終わり、誓子奏上で誓いの言葉を二人で読み上げる。
今更だが、れいくんと二人で人前で何かをする、と言う事が初めてだ。それに気付いた時、誓いの言葉が書かれた台紙を持つ手が震えたのは許してほしい。
そして玉串拝礼が終わり、宮司さんが挨拶を行って式が終わった。あっけなく終わった結婚式にもう終わりかと思っている隙など無かった。

退場し、一度控室に戻ってヘアメイクさんに少し化粧を直してもらうとすぐに集合写真の撮影だ。
此処のお屋敷では集合写真は玄関の車寄せ前で行うらしい。庭とは正反対の位置にあるので移動にも時間がかかる。
「ゆっくりでいいですよ」とプランナーさんもメイクさん達も言ってはいるが、待たせているのは申し訳ない。
お屋敷の中とは言え、昔の建物なので段差が多く、足元が不安定でどうしても歩行がゆっくりになっていた。控室から迂回し、車寄せに出ると自然に拍手が湧いて照れる。
玄関の段差を降りようとしていると自然な所作でれいくんが手を差し出してくれた。
……なんなんだろう、本当に。わかっていたけど、照れる事も誰かに促されるわけでもなく、何気ない表情で手を引いてくれる辺りに降谷零のイイ男っぷりを見せつけられる。ずるいぞ、降谷零。

友人に冷やかされつつも、写真撮影のひな壇中央へと促され、着付けのチェックなどをしてもらう。
私達が到着した頃には集合写真のひな壇に人が集まっていた。
本来、集合写真は親族のみで撮る事が多いらしいが、私達の場合はそもそも全員で両家親族ぐらいの人数しか居ないので、招待者全員での撮影に変更をしてもらった。
隣ではカメラマンさんとれいくんが、れいくんの親族席は誰に入ってもらうかを相談している。
新郎新婦の両隣は本来両親だったり、近しい親族が座るのだが、彼の場合は仕方がない。上司の黒田さんともう一人どうするかと話していた。
此処はめちゃくちゃお世話になっているらしい風見さんに入ってほしい気もするが、如何せんむさ苦しい。いや、ほぼ男性だから誰が前に来てもそうなんだけど。
ふと、青色のドレスが目についた。れいくん側のお客様で唯一、シフォン生地が柔らかく風に揺られている。
ああ、そうだ。適任者がいるじゃないか。

「れいくん。れいくんがオッケーなら志保ちゃんに座ってもらいたい」

私の言葉にれいくんと宮野志保ちゃんが一斉にこっちを向いた。「わ、わたし?」としどろもどろになっている志保ちゃんと、なんとなくバツが悪そうにしているれいくん。あと志保ちゃんの隣でめちゃくちゃ驚いている新一くん。
れいくんの親族席なので、決めるのはれいくんだけど、私はお母さんのように思っていた女性の娘さんをせっかく招待したんだから、親族と同様にれいくんの傍に居てほしい。
視線を左右に彷徨わせている志保ちゃんの方に顔を向け、言葉を続けた。

「志保ちゃんのお母さんの分も、れいくんの門出を見守ってほしいな」

なんてね。と言えば、驚いていたれいくんも観念してくれたらしく、息をついて志保ちゃんに視線を送った。
目を見開いていた志保ちゃんは、ドレスの裾を強く握ったまま俯いてしまった。焦ってれいくんへ視線を向けると、れいくんが呆れた顔をしていた。
え、な、泣かせてしまった?

「わ……私で、よければ……」

小さな声だったが、確かに聞こえた。
黒田さんの隣にちょこんと座った志保ちゃんを見て、緩む頬を必死に我慢しつつ、カメラマンさんの指示に従ってカメラの方にまっすぐ顔を向けた。

「相変わらず、想像の斜め上を行く女だな」

そう言ったれいくんの声は明らかに優しい。カメラマンさんに扇子を持つ手を教えてもらい、厚紙やクリップを仕込んでもらった為動けない。
仕方ないので横目でれいくんを盗み見ると、遠い処を見て笑っていた。……想像の斜め上はどっちですか、れいくん。
そんな表情する癖に自分では言えないなんて、意地っ張りだなあ。



ほぼ定刻通りに集合写真までは終了した。披露宴はこの三十分後だ。友人と少しだけ写メを撮って控室へと戻った。
色打掛は別にしんどくはないが頭はそろそろ重い。控室に戻ると早急にかつらを外してもらい、洋髪の準備が進められる。
手持ち無沙汰なれいくんはヘアメイクさんによる私のビフォーアフターをまじまじと見ている。鏡越しに会話をしながら時々物珍しそうにスマホを向けていたが、一体何を撮っていたのか。不思議だ。
しばらくして文金高島田だった髪型は下方で一つにまとめられ、ブーケと同じ生花がつけられた。

「そっちの方がしっくりするな」
「いや、そりゃそうでしょ。私だって自分が見慣れなかったよ」

ようやく一息をつけた。用意してもらっていたお茶を飲み干し、時計を見るとあと数分で披露宴が始まる。
髪型を自撮りで残そうと盛れそうな位置を探す。
生花には色打掛と同じ赤色、金刺繍にあたる黄色、そして刺繍で青が入っているので差し色に青の小花を入れてもらっている。
控え目でないと喧嘩する色合いなのであまり大々的にはいれていないが、黄色と青。
れいくんと同じ色を入れてもらっている。
純日本人である私には無い色を持っているれいくんと、気持ち程度だが同じ色を共有したかった。まあ、本人は知らないけど。
光を探しながらスマホを動かしているとれいくんがそっと近づいてきた。顔は写さないつもりらしいが、肩に添えられた手と紋付き袴が部分的に写り込んでいる。
写っていいの?と聞いても何も返事がないので無言は承諾と受け取り、何も言わずにシャッターを押した。
写メを確認していると画面をのぞき込んで来るれいくん。普段写メなんかに全く興味を示さないのに珍しい事もあるもんだなあ、と思っていると、スマホを取られて、れいくんのトークに写真が送信されていた。
何が起こったのかわからないまま、ぽいっと返されたスマホのトーク画面を見ると直ぐに既読がついた。
れいくんは何食わぬ顔で画像を保存している。どういうことだ。
問いただそうとしたら、プランナーさんに呼ばれたのでなあなあになってしまった。
勝ち誇った笑みを浮かべていたれいくんに腹パンを一発食らわせる。痛、と言っていたが全く心のこもっていないし微動だにしてない。知ってたけどさ!

腹パンをした手を掴まれ、そのまま控室から手を引かれて宴会場へと移動する。
司会のお姉さんの声にあわせて扉が開き、拍手で迎えられる。
ゲストの皆さんが座るテーブルの間を通り、青と黄色で統一された花で彩られた高砂に進む。
一礼し、高砂に座ると、目の前にはれいくんの来賓、私の友人、そして奥に私の家族が居て、全員がこっちを見ている。まるで珍獣にでもなった気分だ。
司会のお姉さんがプログラムを進行し、軽く私達の紹介がされる。そしてれいくんの上司である黒田さんに乾杯の音頭をいただき、披露宴が始まった。
そんなに沢山の催しを考えてはいないので、ゆっくり食べてゆっくり話ができるだろう。

「乾杯」

黒田さんの音頭をきっかけに色んなところから乾杯の声が聞こえる。
黒田さんと直轄の部下らしい風見さん達数人の公安の方々が来賓席、その隣のテーブルが新一くんと志保ちゃん、そして友人達がいるテーブルだ。
本当は新一くんと志保ちゃんのテーブルと、友人のテーブルは分けようと思っていたが、何分人数が少ない。私の親族を除くと大半が公安の方なので一つのテーブルに全員が収まってしまったのだ。友人らが新一くん達にちょっかいを出さないかが心配だ。
広い居間をバンケットにしているので、もっと余っているスペースが目立つかと思っていたが、円卓が大きい事もあってそこまで気にはならない。 れいくんとグラスをかちんとあわせ、入っているスパークリングワインを一口飲むと、早速友人達がやってきた。

もう酔ってるの?と言いたくなるほど絡む友人だが、残念ながらまだ全員シラフだ。
晴れの日であれ、雨の日であれ、彼女達は間違いなくいつものテンションで絡んでくる。うれしい。
このテンションのままでれいくんにも物怖じなく喋りかけるのが友人達の強いところだ。
彼女達は全員、大学時代の友人なので、れいくんの顔は知っているし、一度別れた事も知っている。だから紆余曲折あったのを知ってるせいか、妙に昔馴染みのような雰囲気が出来上がっている。
れいくんも安室透のような外面の対応ではなく普通に接してくれるし、多分誰よりも大口を開けて笑っている。れいくんは笑い上戸なので、友人達のかっこうの餌食となっていて、笑わされているとも言えるけど。
この際、来賓席から「あんな笑う降谷さん初めて見た」と言う声が聞こえたのは気にしないでおこう。

友人達と高砂を囲んで記念写真を撮り、ひと段落ついたあたりでタイミングよくコース料理が出てきて、友人達は高砂から去った。本当に嵐のようだ。
その後、一品目が落ち着いたあたりに風見さん達がやってきた。
それぞれビールを注いだり、お祝いの言葉を述べたりと厳格そうな見た目通り、体育会系のノリを感じる。
れいくんがどんな仕事をしているか詳しくは知らないし、関わる事もないので、れいくんが上司っぽい事をしている姿を見た事がないが、皆さんと話しているれいくんは確かに貫禄がある気がする。皆さんれいくんより年上に見えるけど。
まあ、この卒なくこなすイケメンの事だ。飴と鞭を使うのとかうまそうだし、指示はすごい的確にしてそう。頼れる上司って感じがする。

さん」

饒舌なれいくんを隣で見ていると、風見さんが私の元へやって来た。
空腹の為、酔いが回りやすいかもしれないので、ビールを注ごうとしてくれたがやんわりとお断りした。

「お気遣いありがとうございます。そしていつもれいくんがお世話になってます」
「いえ、こちらこそいつも降谷さんにはお世話になりっぱなしで……」

他愛ない会話を交わしていると、他の部下の方も来て、私の事をこう呼んだ。

「奥様」

一瞬、何を言われているかわからなかった。ああ、そうか。私、本当に降谷零の嫁なんだ。
三秒ぐらい停止していた私に心配そうに風見さんが声を掛けてくれたが、

「あ、いや、大丈夫なんで!」

と言葉を濁すも顔が熱い。 随分と前に降谷にはなっているが、他人から言われてようやく実感するものもあるようだ。
私達のやり取りを見ていたらしい友人達から冷やかしの声が聞こえる。うううううるさい!と反論したが動揺しているのがバレバレだ。

「顔が赤いぞ、奥様」
「茶化さないでよ、旦那様……」

わかっていたが、こういう時のれいくんは絶対に味方になってくれない。
じとりとれいくんを見れば口元に意地悪い笑みを浮かべながらグラスを煽っている。
顔を覆いたくてもせっかくしてもらったお化粧を崩すわけにはいかない。 熱くなった顔を冷ましたくて手で扇いでみるも全く効果がない。
ああ、もう。早く次のプログラム来ないかな!



高砂のテーブルには三皿ほど並んでいるがなかなか手が付けられない。結婚式って新郎新婦はそんなに食べられないって聞いてたけど、本当にその通りだなあ。気持ち的にもお腹いっぱいで手が動かないというか。
ハッシュドポテトの欠片を飲み込んだタイミングで、新一くんと志保ちゃんがやってきた。
私は新一くんとは知り合いだが、志保ちゃんとは今日が初対面だ。

「さっきいきなりあんな事言ってごめんね?」

志保ちゃんに言うと、新一くんから「ほんとびっくりさせないでくださいよ」と怒られてしまった。
そうだよね、ごめんねともう一度志保ちゃんに謝罪し、新一くんと軽口を言い合っていると、志保ちゃんが口を開いた。

「私の方こそ、あんな機会をいただいて……。ありがとうございます。
 ……母も、姉も、きっと喜んでいると思います」

志保ちゃんが泣きそうな表情で笑っていた。姉ってどういう事なんだろう。咄嗟にれいくんを見たが、さっきまでの笑顔とは一変して苦しそうな表情をしていて、何も教えてくれそうにない。
でも一つわかった。志保ちゃんのご家族は、れいくんにとって本当に大切な人だったんだなって事。
だから食い下がってでも来てほしかったんだ。
なんだか胸のつっかえが取れた気がする。れいくんが素敵なご縁と巡り合えていたのならば、何を隠す必要があるのだろうか。
例えれいくんがどんな感情を持っていたとしても、私が嫉妬する権利も無いし、きっとその人達には敵わないだろう。

「きっとれいくんは良い出会いを志保ちゃんのご家族としてたんだね。
 お礼を言うのは私の方だし、もしかしたら謝らないといけないかもしれないね」

貴女のお姉さんが此処に座っていたかもしれない未来があったのかも。
口には出さないけれど、きっとそういう事なんじゃないかな。

「志保ちゃん、今日は来てくれてありがとう」

志保ちゃんに笑いかけると、志保ちゃんもつられて笑ってくれた、気がする。
と言うか志保ちゃんって誰かと似てるような……。

記憶を辿ろうとしたらプランナーさんから声を掛けられた。メインディッシュが来る前にお色直しで一時退場の流れだったが、そろそろ時間のようだ。
プランナーさんが司会のお姉さんに合図をし、私のおばあちゃんとお母さん、従妹が呼ばれる。
本当はお母さん一人なのかもしれないけど、私はおばあちゃんっ子で従妹とも仲が良かったので、家の女子として居られる最後の催しはおばあちゃんも従妹も一緒に歩きたかった。
お色直しが二回あればよかったんだけどね、其処まで盛大にはできなかったよ……。
お母さんはおばあちゃんと従妹も一緒なのは予め言っていたけど、二人は知らなかったのでサプライズ成功だ!
披露宴会場を拍手に包まれながら一時退場し、四人で写真を撮ってもらって少しだけ喋ると控室へ戻った。



ヘアメイクさん曰く、和装から洋装になるのは早いらしい。
和装は着付けに時間がかかるし、パーツも多いから大変だけど、洋装はパーツが少ないし、髪の毛も下してアレンジを加えるだけなので結い上げるよりよっぽど楽らしい。
そんな会話をしつつも手は止まらない。器用だなあ。
あっという間に色打掛からドレスに着替え、後はヘアセットが出来上がるのをじっと待っている。

ドレスも黄色を選んでいるのは流石にやりすぎたかな、と今になって若干後悔した。
じゃあ、もしこの色じゃなかったら何色を選んでいただろうか。赤色やオレンジと言った暖色系が好きだが、最近何かカラーバリエーションがあるものを買う時は黄色を選んでいる気がする。もしくは濃すぎない青。
もしかしなくても、気付いたら無意識にれいくんの色と決めていた黄色と青を選ぶ癖がついたのでは……。
まるでれいくん大好き人間じゃないか。いや、それはおおむね間違いではないけど。
なんていうか、此処まであからさまだと本人にもバレてないか心配になってきた。気付かれてたらめちゃくちゃ恥ずかしい。

そうこうしているうちに仕事が早いヘアメイクさんによって、髪も洋装に似合うスタイルに変わった。
途中でれいくんが一時退場したであろう拍手も遠くから聞こえていたので、そろそろれいくんも準備が終わっている頃では無かろうか。
さっきまでの和装の自分とは全然違う見た目に思わず姿見で全身の写真を撮影した。

再入場は芝生の庭にヴァージンロードとなる赤い毛氈を引いてもらい、宴会場へと入る流れになっている。
裾をヘアメイクさんに持ってもらいつつ慣れないヒールでゆっくりと庭に向かう。
庭の入口に着くと、スタッフさん何人かとれいくんの姿が小さく見えた。 そういえば警察官の礼服って言ってたけどタキシードとどう違うんだろう。
早く礼装姿のれいくんが見たいが。如何せん下が見えないボリュームのあるドレスで、普段より五センチは高いヒールを履いて歩くのは怖い。
足元ばかり見ていて肝心な前を向く事が出来ない。庭に降りる大きな石で出来た段差を降りようとしていると視界に男性ものの靴。
顔を上げると目の前にれいくんが居た。
思わずさっきまでれいくんが居た場所とれいくんと何度か見比べた。
呆れた顔をしていたが何も言わずに手を差し出してくれたので、そっと手を重ねた。

「体重を掛けないと意味がないだろ」

威圧感すら出され、言われるがままに重ねた左手に体重をかけると、緩い力で引っ張られて地面に足が着いた。
ありがとうとお礼を言い、手を引こうとしたが振り解けず、毛氈の先頭までエスコートしてくれた。
半歩後ろから見るれいくんはさっきまでの紋付き袴とは違い、貫録は少し落ち着いているが色気が増してる。
何を着ても似合いすぎではないか、降谷零。

毛氈の前に立つと、ようやくれいくんを正面から見る事が出来た。
え、ずるくない?思わず心の声が出るかと思ったわ。
よく見たら左耳に横の髪の毛をかけているではないか。
タキシードやモーニングと違ってジャケットの後ろは長く無くて、肩章?から襟にかけてついている軍服とかでよくある紐みたいなのがついている。
ところどころ金の装飾があり、金と黒で統一された中にブートニアがさりげなく差し色となっている。
スタッフさんに預けていたらしい帽子を受け取ったれいくんを呆然と見ていると、カメラマンさんに促されて写真を撮る位置へと移動した。その間もスタッフさんと話しているれいくんが気になって仕方ない。
目が離せないぞ礼服。やばい。侮っていた。

ブーケをヘアメイクさんから受け取り、カメラマンさんに指示を受けてポーズを取る。薄い青色のラウンドブーケに視線を向けて、心を落ち着かせよう。
しばらくして、隣に人が立つ気配に顔を上げた。
視線に気づいたらしい至近距離のれいくんと目が合い、硬直した。心臓に悪すぎる。
カメラマンさんに声をかけられ、カメラの方へと顔を向け、数枚ほど写真を撮った。
ポーズを変えた撮影時の、帽子を片手で抱えて立つ姿が本当に様になっていて、ヘアメイクさんやスタッフさんからも黄色い声があがっていた。わかります。
れいくんの人気は何処に行っても変わる事がないなあ。
身分不相応な旦那様である事は自覚済みなので今更なんとも思わない。むしろ全力で肯定したい。
披露宴会場の状況と摺合せの為にヴァージンロードの前で待機をしていると、ふいに隣から声がした。

「似合ってる」

小さな声だったが、確かに聞こえた。慌てて顔を上げると、れいくんがこっちを見ていた。
照れているのか、はにかんでいるれいくんに自然と顔が熱くなる。
本日だけで一体何度目かの赤面になるのか、私は一体いつになれば彼の一挙一動に慣れる日が来るのだろうか。
プロポーズを受けてからも既に半年は経っているのに未だにこんなに動揺している。
れいくんが幸せそうに笑っている姿を隣で見られる、色んな表情を見せてくれる、この一分一秒が私にとっても幸せで仕方ないのだ。

「れいくんもめちゃくちゃカッコいいです」

咄嗟にブーケで顔を隠した。
それでなくても片耳に髪の毛をかけたれいくんは色気三割増しなのに、加えてこの礼服だ。軍服好きの女子達の気持ちが、今ならわかる。

「軍服とか好きな人達の気持ちが今ならよくわかります」

ブーケを降ろし、おずおずとれいくんの方を見ると予想外に固まっていた。
てっきり「そうだろ」とかドヤ顔で言われると思っていたのに。

「……に褒められるの、初めてだな」

そういえば、今まで本人の前で見た目を褒める事はしなかったかも。心の中では結構な頻度で思っているけれど。
なんていうか、別に意地になってるとかではなく、本人に面と向かって言う機会が無かっただけ。
れいくんがまさか気にしているとは思わなかった。

合図があり、れいくんと腕を組む。プランナーさんの指示で披露宴会場のカーテンが一斉に開いた。再入場の音楽と共に一歩ずつ芝生の上に敷かれた不安定な毛氈の上を歩く。
途中何度かふらついたけれど、れいくんは素知らぬ顔をしながら組んでいる腕に力を込めて支えてくれる。相変わらず顔に出ないの凄い。……だからこそ偶に破顔してくれるのが嬉しいんだけどさ。

高砂に着き、一礼する。そのまま座る事なくケーキ入刀に進む。
ケーキ台に集まる友人と風見さん達の好奇心が見え隠れする瞳にドキマギしつつも二人でケーキを切り、その流れでファーストバイトを行った。
打ち合わせ中にプランナーさんには大きなスプーンとかも用意できますよと言われたけど、れいくんが狼狽えるとは思えないしお断りしておいた。
ポアロの大尉くんが描かれたウエディングケーキをお互いにケーキを食べあって、高砂に戻った。
ちなみになんで大尉くんかと言うと、どんなケーキにしたいかと聞かれた時に「ポアロで再会したからポアロに関する何かがいいなあ」と呟いたら、「大尉でも描いてもらうか?」とれいくんが言った軽いノリで決まった。お互い特にこだわりが無かったとも言える。

再入場からの大きな催しが終わり、後は親族への手紙だけなので、れいくんや友人達と歓談をしつつまったりと時間が過ぎた。
時計を見るとまだ披露宴が終わるまでは時間がある。もう少しぐらいご飯食べられるかなと思っていた矢先、突然司会のお姉さんが話し始めた。

「此処で新郎・零さんより新婦・さんへサプライズでお手紙があります!」

その声を合図にプランナーさんがれいくんにマイクと手紙を差し出した。
全く把握できていない私を余所にれいくんは照れくさそうに鼻の下を人差し指でさすると、封筒を開けて手紙を読み始める。
内容はれいくんと出会ったきっかけ、そして別れの嘘偽り無い顛末、そして再会した話、プロポーズに至った経緯。
彼の中でどういう気持ちの変化があったかを簡潔にまとめられていた。
其処には私も知らなかった最初の出会いで変わったれいくんの”日本を守る”事への変容が告げられた。
日本を守る権利をくれたって言ってたのは、そういう事だったのか。そう思う反面、私なんかが彼を突き動かしたと言う事実が、改めて信じられなかった。

「そしてさんのご友人方へ。
 さんからいつも楽しいお話を聞いています。
そしていつも分け隔てなく僕とも接してくださってありがとうございます。
 愉快で、友達想いな皆さんには怒られてしまうかもしれませんが、仕事上いつもさんに寂しい思いをさせているのは自覚があります。
 悲しませている自覚もあります。
 勝手な事を申し上げますが、どうか僕が側に居られない時は、を……よろしくお願いします」

友人達に深くお辞儀をするれいくんに涙が止まらない。友人達からも嗚咽の声が聞こえる。
プランナーさんから白いハンカチを受け取るとなるべく化粧が落ちないように目元を押さえた。
まさかサプライズをれいくんが用意しているとは思わなかったし、友人達にあんなお願いするなんて思いもしなかった。
もしかしなくても私、本当にれいくんに大事にしてもらっているんだ。

私はやっぱり降谷零と言う男性の事が大好きだ。
最後に職場まで押しかけた事、実は未だにあれでよかったんだろうか、と後悔していた。それこそ夢に見るぐらい、今でも正しかったのか思い悩んでいた。
でも、ただ恥ずかしいだけの過去じゃなかったんだと、自分の中でようやく決着がついた。
彼の手紙を聞いて、れいくんに大切にしてもらっている自分に少しだけ自信が持てた。

れいくんの手紙が終わり、私が泣き止むのを待ってもらって最後の家族への手紙を読み、両親に記念品と花束を渡した。
勿論手紙を読みながらまたしても号泣していたわけで、途中かられいくんにずっと背中をさすってもらっていた。
最後にうちの父親の挨拶があり、普段泣かないタイプの頑固オヤジが泣いたのも驚いたけどそれぐらい愛されて育ったんだなって改めて実感してまた泣いた。お恥ずかしながら、私は退場するまでずっと泣いてた。

嗚咽で息が整わなくてしばらく待ってもらい、最後になるがゲストのお見送りとなった。
まだ偶にひゅ、と喉を鳴らす私にれいくんは手をずっと繋いでいてくれる。
扉の向こうで司会のお姉さんが閉めの言葉を述べている。拍手が起こり、扉が開くと、まずは公安の皆さんが来てくださった。
黒田さんとは今回あまりお話出来なかったが、挨拶の時にもれいくんの優秀さを褒めてくれていたし、実力は認めてくれているようだ。れいくんの態度から見て、厳しい上司には変わりないみたいだけど。
その後風見さんともお話して、「今後もれいくんをよろしくお願いします」と言ったら隣から小突かれた。

その次に志保ちゃんと新一くんが来て、二人には気持ち程度であるが、他の招待者とは違うお菓子を用意していたので手渡した。

「降谷さんが選んだ人が貴女でよかった」

志保ちゃんに手渡した時、初めて正面から笑顔を見る事が出来た。そんな事と言われてしまったらまた涙が出ちゃうじゃないか。
必死に涙を堪えて繋いでいた手を離し、志保ちゃんを抱きしめた。
志保ちゃんはまだ若いのに、ご両親もお姉さんも亡くしているらしい。今は知り合いの博士の元に居るらしいが、それでも心細いだろう。
親にも友人にも、環境にも恵まれている私には、おそらく彼女の気持ちを理解する事が出来ない。それでも。

「お姉ちゃんにはなれないかもしれないけど、いつでも頼ってね」

血は繋がってなくてもれいくんの親族は私の親族だから。
大人しく私の腕の中に収まってくれていた志保ちゃんから震えが伝わる。背中に回していた手で頭を撫でると控え目に腰に手が回った。

その姿を冷やかしたのは次にやって来た友人達である。
「女の子泣かせた〜!」とか「この女さいてーだ!」と言いながら、目を潤ませてやってくるのだ。
志保ちゃんも含めて親族以外の女子全員で抱き合って泣いた。

「れーくんなら任せられる!」
「れーくん、泣かしたら泣かすから!」
「そのまま略奪愛するからな!」

しばらく抱き合った後、泣きながら冗談交じりにれいくんへ詰め寄る友人達を見て、本当に良い友達を持ったと蚊帳の外から見守る。
れいくんが絡まれてる間に、再度新一くんと志保ちゃんにお礼を言って、二人とバイバイした。
新一くんから聞いたが、安室透としての結婚祝いをポアロでしてくれるそうだ。詳細は未定らしいが、その時は蘭ちゃんと園子ちゃんにも来てもらえる!
安室透、れいくんの死んだはずなのに、まだ死ねない辺りがれいくんっぽくてすごいすき。
愛されてるね、れいくん。

そして最後に来てくれたのは親族。おじいちゃんとおばあちゃんから始まり、従妹家族、そして両親。
この一族に生まれなければ私はれいくんと出会う事も無く、平凡な生活を送って、普通の社会人になって、もしかしたら違う人と結婚していたかもしれない。
おじいちゃんとおばあちゃんにはそう言う意味でも感謝してもしきれないし、従妹も自分の事の様に喜んでくれた。
両親はもう何も言葉は話さなかったけれど、ただ何も言わず抱きしめてくれた。
いつの間にか母よりも身長が伸びていて、いつの間にか成人して、社会人になって、思ったよりも随分早く二人の元から去る事になってしまった。
振り返る事無く帰って行った両親の背中が見えなくなるまで見送ると、私達も控室へと戻った。



着替えも終わって、式場からの帰り道。
疲れているはずなのに、れいくんは車を運転してくれている。無言の時間は気まずさより疲れが見える。

「お前、強くなったよな」

マンションの駐車場に車を停めたれいくんが不意に声を掛けてきた。
強くなった、とは何処を指すのかわからなくて、首をかしげる。

「分からないならそのままでいい」

愛車の鍵を閉め、トランクを開けると式場から持って帰ってきた荷物を全部持ってくれた。
れいくんがエレベーターに向かうのを追いかけ、何か持つと言ったが断られた。スマートだよね、こういうところも。
両手がふさがってるれいくんの代わりに部屋の鍵を開けると電気を順番に点けて歩く。
荷物を一つずつ解いて片付け、全てが終わったのはすっかり夜になってからだ。

ソファに勢いよく座ると、今更になってお腹が急激に減ってきた。
そういえば朝から全然食べてないし、当然なんだけど、主張するお腹の音にもたれかかってきたれいくんも笑いが耐えられないようだった。

「飯、何処行きたい?」

肩にもたれかかっているれいくんが上目使いで聞いてくる。
流石にこれぐらいじゃ動じなくなってきたが、今日一日、普段見れないカッコいいれいくんを沢山見て来たので振幅にドキッとする。
言葉に詰まっている私を見て満足げなれいくんが「そういえば」と続ける。
「お前、黄色と青ってそんな好きだったか?」
「……れいくんって、偶に鈍感だよね」

まさか式も終わって今、このタイミングで聞かれるとは思わなかった。
若干背中がひやっとしたが、うまい具合に切り返せたと思う。変なところが疎くて助かった。
うーんと何度か唸った後に、期待の眼差しで見てくるれいくんに観念して、洗いざらい全てを言おうと口を開いた。

「……黄色と青は、れいくんの色だよ」

「は?」と間抜けは声を上げていた。珍しく開いた口が塞がっていない。

「私はれいくんの髪の毛の色も目の色も、綺麗だと思ってるから」

がばっと音がして、肩に感じていた重みが消える。れいくんが前のめりになってきたので、自然とのけ反り、居場所がなくなって肘置にもたれかかった。

「もしかして色打掛にしたのも……」
「多分、れいくんがお察しした通りだと思います」

そう言うと手を引かれ、思いっきりれいくんに抱きしめられた。
察しの良い彼の事だ、今の一言で把握してしまったのだろう。
頭に回っている手も力強くて、全然びくともしない。まあ、振りほどくつもりはないけどさ。

「お前って奴は……ほんと、斜め上を行く女だな」

また少し、腕に力が籠る。
れいくんが私に”想像の斜め上”と言う時は、彼の傷が和らいだ時と気付いたのはいつの事だったか。
無意識だと思うけれど、そういう時は大体、許されたい、縋りたい、そんな表情を見せる。あのれいくんが。
だから志保ちゃんのお母さんやお姉さんの件も、本当に大事な人だったんだろうな、と安易に想像がついた。

れいくんが自分の昔話を語ってくれる事はほとんどない。
だからどんな傷を持っているのか私にはわからないけれど、沢山の傷を抱えている事だけは知っている。
沢山の傷を抱え、多くの仲間を失い、自分をすり減らし、この国を守り続けていた彼の全てを支えてあげる事は、呑気に生きてきた私には出来ないだろう。
私が出来る事なんて限られているけど、それが彼の隣に居られる理由になるのなら。
過去は私には変える事は出来ないけれど、一つずつ、一歩ずつでいいから、一緒に居る事で傷が癒えて、いつか全部笑い話になって。
れいくんが、しがらみなく笑って居られる明日を、共に歩んで行けたらいいなあ。


華燭にてすずらんを照らす
降谷、今日から旦那様と新たな一歩を共に踏み始めます。