閑話


「あれ?コナンくん?」

仕事帰りに寄った大型スーパーにて、コナンくんと遭遇した。
隣にはショッピングカートを引いた男性。軽く会釈をするとその人も会釈してくれた。

お姉さんもお買い物?」
「たまには私も料理しなきゃいけないかなーって思って」

買い物かごを斜めにしてコナンくんに少しだけ中身を見せる。

「コナンくん、そちらの方は?」

コナンくんと一緒に居た男性が言うと、

さんだよ!蘭姉ちゃんや園子姉ちゃんの知り合いで、この間久しぶりに再会したんだって!」

コナンくんが男性に私を紹介してくれた。

「初めまして、です」
「沖矢昴です。 東都大学大学院工学部に所属しています」

人のよさそうな印象に加えて院生とは。コナンくんの周りの人たちって頭いい人多いなあ。
背も高いし、体つきもがっしりしていて、がり勉そうには見えないが頭もいいときた。さぞかしモテるんだろう。
……なんか、心当たりのある人がもう一人、脳内を過ぎったが気にしないでおこう。

「昴さんは住んでたアパートが火事になっちゃったから、今新一兄ちゃんの家に居候してるんだよ!」
「あらら。とんだ災難でしたね」
「そうでもないですよ。学生の身でありながらあんな大きなお屋敷に居候させてもらっていますからね」

た、確かに。新一くんのおうちと言えばあの大きなお屋敷だ。
うちでもあんなに敷地は無いと言うに、世界的に有名な小説家と女優の家となればあんな規模になるんだろうか。あんな大きな家に学生の頃から住んでしまうと何処の家もウサギ小屋になりかねない。
あの大きなお屋敷を思い浮かべながら若干顔を引きつらせる。

「論文とか大変だと思いますけど、頑張ってくださいね」

と沖矢さんに言っている途中でカバンに入れていたスマホが震えた。
空いている片手でカバンから取り出すと見慣れた男からのメッセージ。思わず「げ」と声を出してしまった。
この男から連絡が来ると大体そのままポアロに直行なのだ。せっかく買い物に来たのに、このままでは今日も外食になってしまう。

「もしかして、安室さんから?」

そして相変わらずこの小さな探偵の勘の良さと言ったら。流石、警察にも知恵を貸しているだけはある。件の彼も一目置いているのもうなずける。

「ご名答。せっかく今日は家に誰もいないし、どんだけ失敗しても大丈夫と思ってたけど」

また外食になりそう、と肩をすくめる。

お姉さんはごはん作るの苦手なの?」
「……ノーコメントで」

その場でコナンくんと沖矢さんと別れ、買い物かごの中身を棚に戻しにスーパーを右往左往する。
後はレジに行くだけの状態だったので、意外と商品を棚に返すだけでも時間がかかった。
また外食か……もうアラサーだし料理下手のレッテル返上したいんだけど。
脳裏に浮かぶ、うすら寒い笑みを浮かべた日本人離れしたイケメンに愚痴を心の中でぶつけると、店先でかごを返却し、自動ドアをくぐった。



先ほど紹介されたという女性が去った場所を見つめていると下方から話しかけられる。
さっきまでの猫を被った姿とは一変し、自分を見つめる少年の目つきは鋭い。

さん、安室さんの元カノなんだって」
「ホォー」

顎に手を添え、呟くと、少年は直ぐに自分へと問う。

「気になるよね、さんと安室さんの関係」
「……野暮じゃなければ、な」

普段は隠している目を覗かせると、少年もニヤリと笑った。
先ほどの態度を見るに一般人としか思えなかったが、安室透と言う人物と接触を持っている。その事実だけで対象への目線は豹変する。
彼女の背後に居るのは黒い烏の存在か。将又、菊の御紋を背負う狼の存在か。

ひとまず脳の片隅に彼女の存在は追いやるとして、引き続き晩飯の献立を買いに、目的の棚まで小さな探偵と共に向かおうではないか。



「ボウヤ」
あのスーパーでの邂逅から一週間ほど経つ。
広い工藤邸のリビングに落ち着いた男性の声が響く。招き入れられた少年は我が物顔でソファへと腰を沈めた。
キッチンから出てきた青年はコーヒーカップを手渡すと、自身も近くのソファへと座る。

「やはりボウヤの想像通りだったよ」

眼鏡のブリッジを押し上げると、青年はローテーブル越しの少年へと紙の束を差し出した。
少年は受け取ると直ぐに目を通し始める。見るからに難読な文字の羅列にも関わらず、少年はスラスラと一通り読みきり、顔を上げた。

「やっぱり。さんは、安室さんではなく降谷さんと知り合いだったんだね」
「ああ」
「安室さん、初めてさんと会った日に僕に”彼女は関係ないよ”って言ったんだ」

書面にはの出生、そして彼女が以前に巻き込まれた事件についての調査結果がまとめられている。
元内閣総理大臣を祖父に持つ彼女は数年前、とあるテロ未遂事件に巻き込まれていた。
その際に身辺警護を任されたのが公安警察で、当時新米警官だった降谷零もその一人だった事が判明した。

「まさか彼女は元首相の孫とはな」

青年が首元を触れると声が変貌する。少年も特段驚いた様子も無く話を続けた。

「何年か前に首相を狙ったテロ未遂があったってネットで見たからもしかしてって思ったけど……」
「ああ、彼女の身辺を担当していたのが安室くんだったそうだ。それも、安室透と言う彼氏のフリをしてな」
「じゃあ大学時代に付き合っていたのはやっぱり嘘だったんだね」

書類をまた手に取ると少年は目で文字を追いかける。

「彼女の様子もしばらく探らせていたが、こちらの尾行にも気付く様子も無かった。おそらく白だろうな」

青年の片目が開き、オリーブグリーンの鋭い瞳が垣間見える。
彼の意見に少年も内心は同意しているが、如何せん安室透の行動に理解が出来ない部分が多すぎる。

「だとするとなんで安室さんは敢えて他人のフリをしなかったんだ?」

文字を追うのを止め、顔を上げた少年の表情はひどく険しい。

「……下手をすると組織に目をつけられる可能性だってあるだろうに、か」
「うん」

少年は書面をテーブルに置くと顎に手を添えて考え込んでいる。
その姿を見て、彼にはまだ理解出来ないかもしれない。青年はそう思った。

調査結果を見る限り、彼とはテロ未遂後を最後に再会するまでの間、連絡どころか消息すら互いに知らなかったようだ。
彼女は本名も職業も知っている数少ない人間の一人だろう。そのうえ、当時使っていた偽名こそが安室透。
降谷零にとって他人を気取るには彼女ほど好都合な人間は居ないはず。
そんな彼女に対して”敢えて”自ら、しかも誰が聞いているかわからない場所で元恋人であった事を言う必要があったのか。
あの男に限って、口が滑ったなんてヘマをするとは思えないし、敢えて自分の手元に置く事を選んだのは、そう言う事なのだろう。
彼が何処まで意識的に行っていたかはともかく、そのエリアは野暮に値するのではないか、またそれをこの少年に自分から言うのも野暮ではないかと青年は思っていた。

まだ思考の海から抜け出さない少年にオリーブグリーンの瞳を向けると、青年はコーヒーカップに口をつけて時間が経つのを待った。


緋きわくらば