初 対 面


たまたまスマホで動画検索をしていたらアイドルの癖に良い重低音を鳴らすアイドルが居やがった。女でひょろっこいガキなのにシャウトは一丁前。デスメタルに分類されるだろうか。その見た目は女特有の長髪を靡かせているからか、俺の元居た界隈に近い気がした。
ヴォーカルが目立つのは当たり前だが、楽器隊はサポートメンバーの筈なのに目立つ奴が居た。独特のメロディラインを奏でているベーシスト。
黒髪の短髪に黒く塗り潰した目元に鋲のついた黒のライダースジャケット。見た目は決して目立つ姿はしていないがベースプレイに目が行く。小さい画面で、あまり映る事の無いサポートメンバーに魅了されてしまった。
ちょうど、今度の新曲はいつもより歌に重点を置いたファンへの感謝の曲にしたいと思っており、次のライブで発表しようと考えて居たのでサポートベースをどうしようかと検討していた矢先に出逢ったコイツ。
気になった俺はサポートメンバーをネットで検索して漸く名前を見つけた。
コイツにベースを弾いて欲しい、そう思わされたベーシストなんて久しぶりの感覚だった。バンド時代には一番にメンバーに求めていたモノだったが、何度も音楽よりも女に現を抜かしたヤロー共に失望しきっていた俺は、音に心を躍らされる事に何よりもゾクゾクした。それでこそロックだろ?

「てめぇ…女だったのかよ…」

そして今日、そのベーシストと対面を果たしたわけであるが。
目の前のベーシストはワンピースによく女が履いている高いヒールのロングブーツで、PVでは短かった黒髪はセミロングぐらいはある。どう見ても女だ。
てっきりあのPVを見る限り男だと思っていた俺は思わず眉を顰め、「女に用はねぇよ、この話は無しだ。」とベースを背負いなおして会議室を出ようとした。
「待ちなさいよ!アンタから言ってきてそれは無いでしょ。」女は立ち上がって俺の腕を掴んだ。
PVで見ていた印象とは異なり、身長は俺より大分低い。腕もジャケットでよくわからなかったが細く、何処にあんなベースプレイをする力があるのかと疑った。
無言で見下ろすも、肝が据わってるらしいソイツには全く威嚇の効果は無かった。
「離せ。」「やだ。」「離せつってんだろ。」「いやだってば!」会議室の扉の前で押し問答を繰り返す。振り払おうと思えば振り払えるがベーシストの指を怪我させるわけにも行かないので結局俺が折れる形となり、大人しく会議室の椅子に腰掛けた。

「まずはご指名いただきありがとうございますってね。」女は膝を組んで目の前の椅子に座った。「まさか男だと思われてたとはねぇ…黒崎サンって女嫌いって聞いてたのに私にオファーが来たときはビックリしたけど。」納得したわ、と笑った。
居心地が悪くなって顔を背ける。それを見た女は笑い出したので「笑うんじゃねえよ。」と言えば「噂より全然怖くないじゃんー!」とひーひー声をあげて笑いやがる。
「はーっ!おなかいてえ!…いやいや、失礼。黒崎サンの意外と可愛いところあるんですね、って言うところで。」「あのPVの話なんですけど、ヴォーカルやってた輝子ちゃんが小柄なのもあると思うんですけど、『か弱い女の子なのにデスメタル歌っちゃう』って言うギャップを狙ってああなったんですよねー。」だから男性意識した結果短髪のウィッグもかぶってみました。そう言うと携帯を操作し始め、ヴォーカルをしていたアイドルとの写メを俺に見せた。
「ねー?ちっちゃくて可愛いでしょー?輝子ちゃんちょっと人見知り気味らしくて。だからサポメンは全員女性になったんですよね。」「黒崎サンが前居た界隈だって女形とかあったでしょ?それに全員女性のコテバンとかも。」具体的な名前は出なかったが、女形が居るバンドはヴィジュアル系と呼ばれる界隈では割と頻繁に見られ、俺のバンド遍歴にも少なからず関わりがあるモノでもある。全員女のバンドも男顔負けのステージングをするマイナー盤であるが、着実に動員をあげていたので心当たりはあった。「まぁな。」と返せば満足げににんまりと笑っていた。

「まあ、女っつーのは予想外だったけどよ。お前のベースに惹かれたのは事実だ。」「とりあえず今回の新曲はお前に頼む。」

俺がそう言えば満足げだった笑みは一気に喜びを全面に出した満面の笑顔へと変わり、俺の両手を掴んで「ひゃっはー!ありがとうございます!!!!」と喜びを露わにした。
「私ずっと黒崎サンの音楽のファンだったからホント念願!」「今後もサポメンに認めてもらうように頑張るから…」よろしくね、蘭丸!
さりげなく名前で呼んできた女に「おい、名前で呼んでいいなんて言ってねぇよ馬鹿!!」と頭をはたいた。いたいーと非難の声をあげていたがお構いなしに、俺は早速新曲の譜面を準備し始めた。