フ ロ ム 日 常


従兄に月宮林檎と言う今をときめくアイドルを持つと何が起こるかわからない。
いや、ただ単に彼が所属している事務所がぶっ飛んでいるだけかもしれないけど。
気付けば大学在学中からシャイニング事務所でアルバイトとして雑用をしていた。
四回生である今も、事務と言う名前の雑用で内定が決定している、らしい。ちなみに試験も何も受けていない。
まあ、特にやりたいことも無いのでこのままシャイニング事務所に就職で問題は無いと思っている。

そんなこんなで、久しぶりのアルバイトである。
二週間ほど前から試験の都合でバイトを休みにしていたので、最後にシャイニング事務所に来たのは半月以上前だった。
龍也さんが用意してくれたパソコンにひたすらキーボードで数字を入力していく。
アルバイトにこんな支出の数字見せていいのかよ、と思ったのも最初だけで、最近はひたすら無心になって打ち込んでいるので何に使われているのかすらあやふやのまま打ち込んでいる。
多分私の事務所への無関心さが龍也さんに買われているのではないかと最近になって気付いた。
アイドルだの事務所だの、従兄が女装アイドルしている時点で小さい事に思える。

「おはやっぷ〜!!ケーキ買って来たわよ!そろそろ休憩したらどう?」
今日のリンくんのスケジュールは現場から直帰のはずなのに、何故か帰って来た。
今日は久しぶりに事務所にが居るって聞いて来ちゃった、と女子顔負けの笑顔で言う従兄には敵わないと知っているので、パソコンの画面を保存して椅子から立ち上がった。

「あれ、黒崎さんに寿さんも…あ、現場が一緒だったんですか?」
応接室としても使われる事がある、私が勝手に"アイドル団欒部屋"と名付けている部屋へとリンくんに連れられて来てみれば、今をときめくアイドルがまだ他にも居た。
アルバイトの癖にアイドルと会えるのかよ、と思われるかもしれないが、会うつもりなど全くなかったのだが、リンくんが私を休憩に誘ってくれたりしているうちに気付けば顔見知り程度には所属アイドルの皆さんと会話するようになった。私としては近所のお兄さんぐらいにしか思っていないけれど。
「嶺ちゃんって呼んでってば〜」といつもの様子でおちゃらけている寿さんに生返事を返してお二人の座っているソファの向かい側に腰を下した。
「はあ…さっきまで無音だったから少しの声でも耳が慣れない…」私が耳に手をあてると黒崎さんは「嶺二の声がうっせぇだけだろ。」と寿さんを一瞥した。
寿さんが黒崎さんに何か反論をしているとリンくんがケーキを持ってきてくれたので、お茶を用意するために一度部屋を離れた。

「あ、765ちゃんですね。」人数分のお茶をいれ、給湯室から戻ってきて最初に見たのは誰がつけたのか、部屋のテレビに映るアイドルだった。
カップを一つずつテーブルに置いて、再度ソファに腰をかけてテレビを見つめる。
「765ちゃんってネーミングセンス無いわねえ」とリンくんに言われたので「基本バラ売りしてる子ばっかりだし。」反論してみたものの、やはりリンくんにはダメージが無かった。
「可愛いですね…」ケーキを切りながら画面に映る765ちゃん達を見つめる。「お前、アイドルには興味無いんじゃねぇのか?」と黒崎さんに聞かれた。ちなみに黒崎さんはケーキをリンくんから受け取っておらず、カップを片手にもう片方の手はソファの背もたれに回して深く腰を下している。
「女の子は別ですよ〜765ちゃんは特に…なんか普通の子がアイドルになるのを見守っている気分っていうか…」「シャイニング事務所の女の子は元からキラキラしてるひとが多いので765ちゃんは新鮮って言うか…」まあ結局は765ちゃんでもシャイニングでも可愛い女の子を見てるのが好きなミーハーなんですよ。とお茶を啜った。思いのほかお茶が熱くて舌を焼けどしてしまった。
「でもには珍しく結構ハマってるわよね〜?」「まあ番組見たりする程度だけど、今待ちうけは765ちゃん。」と765ちゃんの会話をリンくんとしていると、寿さんがおもむろに前のめりに座りなおして、「ぼくちんが出てる番組は見てくれないのにぃ!?」と拗ねてしまった。
「だって寿さんは男性でしょ?765ちゃんは女の子です。私は女の子しか応援しないので。」きっぱり私がそういうとトホホ〜と力なくソファに深く座ってしまった。
基本的に私が見なくても世の中のマイガールが見てるからいいんじゃないの、と言おうかと思ったが、今の寿さんには聞こえてなさそうなので言うのをやめた。

「そういえば今度765プロの子達と一緒に出た番組が…」何かを思い出したリンくんが喋りながらケーキにフォークをさしかけたところで「あ、これこれ!」とテレビに映るCMをフォークでさした。
「…これ今日なんだね、バイト終わったら即行帰って録画準備する。」携帯のメモに番組名と時間をメモしていると、「ちゃんが浮気してるぅうう」と言う寿さんの声がしたけれどもそろそろ休憩時間も終わりなのでケーキ皿とカップを洗いに給湯室へと足を運んだ。